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八重山ブログ『やいまNEWS』

水難防止対策の要請

2007.09.27(木)

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きのう、黒島公民館の役員や消防団の黒島分団らが、町長に多発する水難事故の対策を要請しました。この日は警察や石垣海上保安本部からも担当者が出席しました。黒島からの要請に対し、町長は財政難や他の島との“バランス”を強調していました。

島々からなる竹富町では各島々に配慮しなければならない行政の苦労も理解できますが、今夏の犠牲者3人という数字は、他島との“バランス”で対策を躊躇する数とは私には思えませんが…。



仲本海岸視察

2007.09.13(木)

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今朝、観光客による水難事故が多発する黒島の仲本海岸を竹富町の議員が視察に訪れました。これまで、黒島観光組合が担架や救命浮輪を設置したり、看板を立てたりと水難対策に当たってきましたが、そろそろ竹富町にも何らかの対応をして頂く必要があるようです。視察中も次々と海に入って行く観光客を見て、議員の皆さんは何かを感じたと思います。今後の対応に期待したいと思います。

 今年の死亡事故はいずれも単独でシュノーケリングをした為、発見が遅れています。助かった事例は一緒に泳いでいた人が助けたり、救助を求めていたりしています。


忘れな石への思い

2007.09.11(火)

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沖縄タイムスの福元大輔記者が、波照間島の「忘れな石」の悲劇を取材に訪れました。

「忘れな石」とは、第2次世界大戦末期に、旧日本軍の命令で島民が西表島の南風見田(はえみだ)地方に強制疎開を命じられました。理由はアメリカ軍の襲撃ですが、真実は軍の食料確保の為に島民の家畜や穀物を奪う為でした。その際に、多くの島民(66人の幼い子供を含む)がマラリアにかかり、命を落とした惨事を「コノ石忘レルナカレ」と刻んだことから、そう呼ばれています。
福元記者が今回取材をされた動機は、今まで教科書に「軍が命令を下した集団自決」と記述されていたのが、「軍の命令」という内容が教科書から外されると知り、「軍の命令なしに集団自決が起こりえるのか?」と疑問を感じたからでした。波照間の場合、強制疎開のキーはあるスパイの存在が浮かび上がっています。山下寅雄(やました とらお)本名 酒井喜代輔(さかい きよすけ)は、陸軍中野学校というスパイ養成学校出身でした。彼は波照間島に教師として潜入し、人々に好かれ、尊敬の対象にまでなっていたと言われています。物の無い時代に物資や、子供にお菓子などを配ったり、人の心を掴む事に非常に長けた教育を受けていたようです。
そして、それが裏切られ、豹変する事件が起きるのです。軍の命令「西表島、南風見田地方への強制疎開」が発せられた際に、彼は日本刀を抜き、その切っ先を島民に向けました。
その事件はそれほど重要ではないと、意外にも福元記者は分析しています。
考えてみれば、たった1人の人間がいくら刀を振り回しても、島民全員が力を合わせれば、彼ごとき容易く倒せるのではないか?と福元記者はおっしゃいました。
そして、重要なのは「なぜ、みんな行けばマラリアで死んでしまうと知っている、食べ物もない恐ろしい土地に、住み慣れた土地を捨ててまで島民が向かったのか?という心理ではないか」と。
「ぼくは、そこまで島民が洗脳されていたんじゃないか?と思うんです。実際、彼はスパイ教育で人の心を非常に上手く捉える技術を持っていた訳だし、だからその事実をにぎりたかった。
これは、集団自決にも当てはまる事なんです。当時の日本軍の教育を受けていた人達にとって、彼らの言う事はどの程度の影響があったのか?今の世の中に当てはめて考えたら分からない、そんな心理を考えなかったら当時の事は理解できないんじゃないかって。」
実際、福元記者が会った人の中には、今でも天皇崇拝や旧日本軍の考え方をそのまま持ち続けているおじぃやおばぁが少なくないと言います。
「今日会った人の中に、『当時の事を証言できる人間が亡くなりつつある中で、国は軍が強制したのか断定できないからと言って、軍が強制した事実を歴史から排除させようとしている、そんな事でいいのか?』と憤りを感じている人もいました。
僕は、本当は何があったのか分かる人がいなくなりつつある中で、国が事実を突き止める前に変えようとしている、こんな事がどんどん起こってしまったら、犠牲になった人や残された家族はどんな気持ちをするのか?こんな事で良いのか?戦争は、軍は国民を守らなかった典型がここにある!と投げかけたい」と語られました。

みなさん、教科書問題なんて自分には関係ない、と思うかもしれませんが、結局平和を望むのも造って行くのも自分たちの手にかかっていると思います。こんな恐ろしい事が二度と 起こらないようにと心から伝えるのは、世界でたった1つの被爆国である日本の、わたし達の責務かもしれません。



イベントめじろ押しの9月

2007.09.10(月)

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皮肉にも、今日は気持ちの良い青空が広がっています。
昨日は与那国町少年陸上大会が開催されるはずでしたが、雨のために中止になってしまったのです。
9月の日曜日はイベント続き。翌週にスライドさせるということができず、水曜日か土曜日に開催することになりそうです。

さて、来たる日曜日は、青年陸上競技大会。雨続きでさぼり気味だった練習、今日から再開です。




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水槽寄贈

2007.09.06(木)

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 旅行で訪れた黒島に魅了された滋賀県にお住まいの岡本州弘さん嘉乃さん夫妻が、特定非営利活動法人日本ウミガメ協議会付属黒島研究所に屋外水槽の建設費を寄付してくれました。

 このほど、水槽が完成し、9月1日に落成祝賀会を実施しました。水槽の名前は「カーミーグムイ」と命名されました。

 写真は祝賀会前に島のカミツカサによって「願い」をしているところです。土地の神様や、水槽に入る海水の取水パイプのある海などへ感謝を伝えたのでした。



おおたか静流チャリティーコンサート

2007.09.04(火)

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旧暦のお盆が終わったすぐ後の29日におおたか静流さんのチャリ ティーコンサートが行われました。
この日は豪華な事に、昼と夜の2回、どちらかと言うと子供向け、大きい人向けと2部構成でした。

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昼の子供向けでは、おおたかさんも子供と同じ目線で「ぴっとんへべへべ」などを歌い、みんなで遊びました。「でんでらりゅうば」は子供達のなかでも大流行りの歌だったせいか、まだ2歳にもならない子供達もいっしょに「でんでら」して、とても和んだコンサートでした。

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そして夜の部はがらりと変わり、大人の雰囲気。多くの島人や観光客で会場はご覧の通りの大盛況でした。
曲目もアメイジンググレイスなどの外国の曲あり、八重山民謡あり、ポップスあり、そしてもちろん「ぴっとんへべへべ」と盛りだくさんでした。さすが、 七色の声を持つおおたかさんならではの
選曲に、驚きと感動でぐんぐん引き込まれ、中には涙ぐむ島のおばぁもいました。全曲アカペラにも関わらずまるで伴奏が聞こえて来るような、コーラスが響いているような不思議な
歌に,私も全身が震え、気がつくとじーんと涙が。コンサートが終わった後にあるおばぁが「こんな離島でもこんなすごい歌が聞けるんだねぇ。うれしいさぁ。あんた、ありがとう」と言われまたまたじーんときました。
この言葉はおおたかさんに対する島の人みんなからのお礼の言葉に聞こえました。

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今回は島の歌者「波照間良美」さんとのセッションもあり、波照間初の他では聞けない歌もあり
わざわざ本土からやって来たおおたかさんの追っかけは大感激していました。
そして、驚く事にこのコンサートの収益金の全てはなんと!!島の子供達に寄付されます。
ここまでしていただいて、なんてありがたいことでしょうか!波照間を代表して(勝手に)宣言します!おおたか静流さん愛しています!ほんとうにありがとうございました!

そしてまたいつでも帰って来て下さいね!



与那国独特のお盆

2007.09.03(月)

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8月24〜26日は旧盆でした。
お盆といえば、賑やかで華やかなエイサーが定番ですが、今年はいつもと違う雰囲気がありました。

祖納、比川の両青年会が、「スルブディ」を数十年ぶりに復活させたのです。

スルブディとは与那国島独特の盆踊りで、2月に「国立劇場おきなわ」で催された「与那国島の祭事の芸能」で演じられたのをきっかけに、復活を望む声が高まっていました。

太鼓を持った女性は、「スィ、ウッティ、ウッティ、ウッティ・・・」の声をかけ、バチを持った男性はそれを打つ。
笛、三線、太鼓の音に合わせて、女性はクバガサを手に、男性は3尺棒を手に巻き踊る。

初めて見る人も、久方ぶりに見る人も、厳かな雰囲気に引き込まれ、じっと見つめていたのが印象的でした。
来年以降もぜひ、継続してもらいたいものです。




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