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八重山ブログ『やいまNEWS』

サッカーワールドカップ南アフリカと石垣島

2010.06.30(水)

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2004年7月に監督からサインボールが贈られたときの写真

 石垣島と今回の2010ワールドカップ南アフリカ大会がどんな関係があるか。実は、2004年7月にアテネ五輪のサッカー日本選抜チームが、石垣島入りして合宿している。この時の選抜メンバー26人中、7人が2010年ワールドカップのメンバーとなっている。ファインセーブを繰り返した守護神の川島永嗣。ディフェンダーでは大活躍の田中マルクス闘莉王。PK戦では外したが何度も窮地を救った駒野友一(アテネではMF)、ミッドフィルダーでは、カメルーン戦で本田へのアシストを決めた松井大輔。ボールを奪う達人の阿部勇樹。そしてデンマークから恐れられたフォワード大久保嘉人だ。控えが多かったが石垣島でのキャンプが長いFC東京の今野泰幸もいる。川崎フロンターレの川島であり、名古屋グランパスの闘莉王、ジュビロ岩田の駒野、浦和レッドダイヤモンズの阿部、ビュッセル神戸の大久保。そしてグルノーブル(フランス)の松井と、まさにあの26人が中堅世代になっているといえる。ただ、今回の本田の活躍は、新時代の到来を意味することになるのだが。
 この世代を育てたアテネへの司令官山本昌邦アテネ五輪元監督は、まだ日本代表の監督を担っていない。思い起こせば、成長著しいとの前評判を裏切った五輪での予選敗退は決定力不足。頼みの高原が呼べずじまい。そして今回の岡田ジャパンも全体的に決定力不足。今大会直前に頼みの中村俊輔の不調と、決定力の申し子「本田圭佑」の出現で、思い切った賭(本田のワントップ)に出て大当たり。
 まさに、日本サッカー界の決定力不足を穴埋めできる時代が来たかに見えたが、ウルグアイ戦での妙なゴール前のパス回し復活。チームワークが過度になれば、こうなるということか。ゴールへ蹴るときは生臭い強烈な野性味がいる。最後は日本らしさでまとまってしまったウルグアイ戦ではないか。チームワーク云々が多すぎる。一体感ばかりがチームワークではないだろうに。八重山商工高校野球部のようなバラバラに見えて、大事なときだけまとまるチームワークもある。万事、多様なはず。結局、本田が日本式サッカーに取り込まれたのでは・・・?。やめよう「一体感」信仰。


 

カツオが連日豊漁

2010.06.29(火)

 八重山漁協のセリ場では、毎日休みなくカツオが水揚げされている。新鮮なカツオが惜しげなくセリ場に広げられ、サシミ屋のオバーらが思い思いの獲物をさらった後はカツオのなまり節の加工に回されていく。カツオは新鮮すぎてもおいしくない。むしろ一日おいたものがうまいとのこと。この当日水揚げのカツオが一匹300円で漁協では手にできる。(お願いすればだが)なにしろ新鮮なので、サシミがうまい。残る頭や骨など、内蔵を外したあとは煮立てればソバの出汁には最高!。ラーメン出汁もうまい。八重山のハーリー後、このカツオ漁の時期は、新鮮刺身の幸せと、うまいそばが堪能できるうれしいの日々が続く。


 

西表島の森に鎮魂の碑

2010.06.28(月)

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 西表島には明治・大正・昭和と炭坑での過酷な労働による犠牲者があり、負の遺産ともいえる遺構が戦後60年以上ジャングルの中に放置されてきた。
 6月20日午前10時から浦内川河口の宇多良(ウタラ)炭坑跡周辺で宇多良炭坑跡地整備事業の落成式と、宇多良炭坑夫への慰霊碑の除幕式がおこなわれた。
 この日、竹富町、竹富町観光協会、西表島エコツーリズム協会などのほか近隣住民など70人近い人々が集まって、炭坑跡の整備事業落成式に参加。テープカットの後、整備された宇多良炭坑跡地へ移動して慰霊碑の式典に加わった。同跡地は歩きやすく木道を設置した地域の歴史を後世に遺すために、昔の写真などのパネルを置いて、教育的な目的ももたせたている。
 慰霊碑は「萬骨碑」と刻まれた石碑で、建立を祝い、宇多良炭坑での仏事を担った僧侶とゆかりある喜宝院住職が読経する中、参加者が線香を焚いて冥福を祈った。
 建立の発端は、戦後、閉山された炭坑跡を様々なゆかりある人が訪ねるのを知って、その鎮魂の碑と整備の必要性を感じてきた地域住民が、西表島にある炭坑遺構群が近代化産業遺産群(全国33カ所に指定)のひとつに認定された(2007年)のを期に、関係機関へ呼びかけた。2008年、林野庁の西表島の自然休養林の整備計画が、遺構群のひとつ宇多良炭坑跡周辺ではじまったことで、竹富町が同遺産群認定からスタートさせた自然伝統文化を生かした交流促進事業とうまく連携でき、関心高い地域住民からの意見を集約できた。かくして県内には珍しい炭坑の歴史を掘り返し、後世に長く伝え、かつ炭坑で過酷な労働の下で亡くなっていった炭坑夫への慰霊の気持を込めた碑が建立されることとなった。
 萬骨碑建立期成会会長の三木健氏によると、萬骨(ばんこつ)碑と名付けられた石碑の「萬骨」は、「一将功なりて万骨枯る」の万骨からとった庶民を意味するもの。この碑は、炭坑会社の口車に乗せられてこの宇多良炭坑で強制労働させられ、非業の死を遂げた炭坑夫への鎮魂の碑。広大な面積を占めた炭坑施設が60年以上放置され、今は煉瓦のトロッコ線路の土台だけが残る一角に慰霊碑を建立することで、犠牲者を忘れないよう、歴史に刻み遺すのが目的。


 

石垣島凧揚げ交流会盛況

2010.06.27(日)

 6月27日、毎年全国規模で開催される石垣島凧揚げ交流会が開催され、今年も15都道府県の凧愛好家が石垣島サザンゲートブリッジの八島町新興地区に集まって、自慢の凧を石垣島の青い空に揚げていた。
 空には大きな凧から、連凧、また野鳥の形をした凧など様々に趣向を凝らした作品の数々が、大空いっぱいに広がり、壮観な風景となっていた。この日はケンカ凧で有名な田原町から凧を自由に操るのにかけては、抜群の腕をもつ田原町のケンカ凧のグループが、風船飛ばしの妙技を披露。空に揚がった凧が一気に降下して、地上1mの風船のヒモを切って見せるというもの。自由自在に操る妙技に、観衆は拍手で応えていた。

 


 

あるのか!第2の地球

2010.06.26(土)

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 6月26日(土)午後6時半からとぅもーるネットセンターで「あるのか!第2の地球」と題するイベントが開催された。石垣島国際会議「進化する惑星系進化論」が開催された記念におこなわれたもので、「水金地火木土天海 太陽系の秘密」と題して小久保英一郎国立天文台利口研究部准教授が。また「系外惑星から系外生命へ」と題して井田茂東京工業大学・理・地球惑星科学教授が講演を実施。多くの天文に関心有る市民が集まって、太陽系について学ぶとともに、地球外の地球型惑星の存在について学んでいた。なお、6月25日から27日までとぅもーるネットセンターで4次元デジタル宇宙シアターを上映している。27日は10時から16時まで。

 


 

温暖化なのか 海に異変

2010.06.25(金)

 今期のクロマグロが、ハーリーを過ぎてもまだ水揚げされている。6月23日にも揚がる数本のクロマグロだが、4月で終わっているはずのビンナガマグロが6月17日に水揚げされ漁師を驚かせてもいる。
 海の状態は、いつも同じとは限らないが、今年のクロマグロの漁獲は、遅れて揚がりだして、徐々に200本に近づきつつある。メバチも17日にいっしょに揚がってもいる。
 温暖化と決めつけられないが、海は絶えず変化しているということか。
 
 


 

カツオ漁で活況の八重漁協セリ場

2010.06.24(木)

 カツオ漁が本格スタートしている。6月18日から2隻のカツオ船が稼働して連日カツオを水揚げしている。船が来れば、サシミ屋のオバーたちが忽然と現れて、希望のサイズのカツオを取り合う。すさまじい勢いでカツオは買われていく。


 

石垣島の慰霊の日

2010.06.23(水)

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 6月23日、午前11時から八重山戦争マラリア遺族会総会が八重山平和祈念館で開催され、今年一年の事業計画案がはかられ了承を得ていた。
 計画では、8月29日に戦争マラリア避難地めぐりが八重山平和祈念館との共催で実施されるほか、9月23日には八重山戦争マラリア犠牲者慰霊碑の清掃を予定。当日は、アカキナノキの育樹活動(施肥など)もおこなわれる。これは八重山戦争マラリア犠牲者慰霊碑の裏手に設置された20本のアカキナノキのほとんどが枯れ死に、最後の一本を大切に育てるために、今年度から5000円の育樹活動費が割り当てられたもの。また、同碑の清掃も実施するもので、今回初の試みとなる。
 この日は、正午に新栄公園にある世界平和の鐘で慰霊の日の鐘打式がおこなわれ、約50名が集まって、世界平和の鐘を打ち鳴らした。
 この鐘は、北海道稚内市、大阪花博公園、比叡山、神戸と石垣市の国内5箇所に設置されており、世界のコインを鋳て製造され、戦争が国家の経済基盤を守るために政治的に実施されることから、金よりも平和を大切にしたいという意味を込めてコインを鋳てある。
 午後3時には、石垣市バンナ公園Aゾーン石碑の森で、八重山戦争マラリア犠牲者慰霊祭がおこなわれ、遺族や関係者が参列する中、65年前の八重山における軍命による疎開で3075名が亡くなった人々への無念の想いに、人々は手を合わせて哀悼の誠を尽くしていた。
 午後4時からは、石垣市全戦没者追悼式と平和祈念式が八重守の塔でおこなわれた。1000人を越す日露戦争以降の軍人軍属が祀られた八重守の塔で、全戦没者の追悼と、去った大戦で亡くなった多くの犠牲者を悼み、多くの市民が平和を祈願する式典で、反戦の誓いを立てていた。
 午後5時半からは、八重山平和祈念館で平和コンサートがおこなわれ、冒頭、宮良祐成氏が戦争当時のマラリア罹患体験を語り、その恐ろしさを集まった聴衆に説明していたほか、名蔵中学3年生の運道渉君の作文「光を失った祖母の左目」が朗読されていた。
 第二部では、コーラスあかゆら、田本徹、東田盛誠、国吉なおみなどの歌声が会場に広がり、聴衆を魅了していた。


 


 


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