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八重山ブログ『やいまNEWS』

青空リサイクル市

2011.06.29(水)

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 大勢の家族連れの人で、公園がにぎわった。 「不用品の再利用でごみ減量を」をテーマに、6月26日午後1時から浜崎町緑地公園で石垣市主催の青空リサイクル市が開催された。この日、登録された40の店が不用品となる衣服・おもちゃ・日用品など様々な品を公園の芝に広げて、会場を華やかに彩った。リサイクル市で好みのものを物色に訪れた家族連れの市民らは、品物を手にとって、あれこれ店主と話をしながら、気に入ったものを購入していた。


 

凧交流会

2011.06.28(火)

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 毎年、実施される全国の凧が集結する凧交流会です。6月26日午前9時から凧交流会がサザンゲートブリッジ地先広場で行われ、300人を越える凧愛好家や石垣市民が集い、凧を揚げて楽しい一日を過ごしていた。
 今年で11回目のこの凧交流会は、全国各地から凧づくりの達人が集うもの。
 島の凧好きのお父さんには見逃せないイベントといえる。
 八重山にはハッカク、ピキダー、カーブヤーといった伝統凧を大切にする八重山凧愛好会があり、かつまた八重山郡民は昔から子供の成長を願って父親が子供に凧を作っていっしょに上げる風習がある。(写真は、この日、たくさんの凧が揚がった石垣島の空)


 

きいやま農園ライブ

2011.06.27(月)

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 6月26日午後3時から、きいやま農園ライブが開催され、崎枝純夫さんの農園に設置された特設ステージで、地元ミュージシャや崎枝兄弟・いとこでなる「きいやま商店」、また「やなわらばー」、また「きいやま商店」の3人のメンバーが率いるバンドも参加して、会場は大いに盛り上がった。夜には、台風5号で中止となり、26日に急遽開催が決まった「はっさよーメアリー」に参加した南こうせつや宮沢和史などが、特別参加するなど、舞台は過激に盛り上がって、ビニールハウスの農園に集まった観衆は、暑さを忘れて音楽を楽しんだ。


 

石垣うたの日に2万人

2011.06.26(日)

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 台風5号の接近で6月24日に予定されたBEGINの呼びかけによる「石垣うたの日」が中止になったことから、なんとか開催を願う人々の声を受けたミュージシャンが、26日に再度開催を挙行。台風5号の名前「メアリー」をつけ「はっさもーメアリーよー」と題して開催。会場は24日開催を楽しみにしていた市民や観光客約2万人(主催者発表)で、溢れた。会場となる児童公園は、駐車場がないために車での来場を拒否したものの、北側にある広大な畑のおかげで、農道に多数の車が駐車されて、特別な混乱もなく、10以上の特設トイレや、多数の露天に囲まれて、急遽開催したわりには、スムーズな開催となった。
 BEGINをはじめ、やなわらばー、金城弘美などや、ノーズウォーターズの崎枝将人などの地元ミュージシャンだけでなく、南こうせつ、Theブームなどの本土の著名人歌手も参加して、会場は大いに盛り上がった。

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篠原氏がアカキナノキの保全を訴え

2011.06.25(土)

                                6月23日の慰霊の日、午後3時から行われた八重山戦争マラリア犠牲者追悼式のあとマラリア遺族会の会長篠原武夫氏が、碑の裏手に植栽されているアカキナノキを視察した。
 このアカキナノキは、2001年に植樹されたもので、もしこの木があればキニーネをつくってマラリア罹患の犠牲者を救えたかもしれなかったと、追悼の意を込めて植えられている。残念ながら植樹後に3本が枯れ、再植樹されたものの八重山の気候に合わないのか、その後次々に枯れいった。ところが2008年に最後に残った一本が、突如花をつけ開花。翌年に実をつけて関係者を驚かせた。かくして、2009年、2010年、2011年と連続して開花・結実を見せてきた。今回、折からの台風2号の影響で、葉が飛ばされ、無残な姿になっているのを確認した篠原氏は「この木が国内で露地栽培できているのはこのバンナのこの慰霊碑の裏のこの木だけ。県はこの木の重要性を自覚して、是非保全に力を注いでほしい。」と述べていた。

 


 

台風5号が八重山直撃せず

2011.06.24(金)

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 多くの市民、郡民や観光客が楽しみにした歌の日イベントを中止においやった台風5号は、6月24日先島地域を暴風域に巻き込んだ。午後9時ころに石垣島は台風の目に入ったような静寂が訪れて、そのまま強風もなくなり、台風はそれたことがわかった。これでは、25日のイベントは可能ではないか。 この日の昼ごろの気象台の予想は、明日の午前3時に平久保に至る形だったが、台風の移動速度が速まって、あっという間に通過した5号。 残念でならない歌の日イベントの中止であった。思えば、風速30m級の小型の台風。それが大型と明記されて、何か勘が狂った感じだ。台風は、八重山に住む側が、もっと自信を持って見切らないといけないのではないか。そう感じた台風だった。過剰な反応は、やはり東日本震災の影響かも。
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八重山戦争マラリア犠牲者追悼式

2011.06.23(木)

 沖縄戦の組織的戦闘が終わった1945年6月23日から66年が経ったこの日、66回目の慰霊の日を迎えて、沖縄県では沖縄本島での沖縄平和祈念式典をはじめ、各地で慰霊の日の平和祈念行事が行われた。
 沖縄本島から420キロ離れた石垣島でも、慰霊の日世界平和の鐘打式や八重山戦争マラリア犠牲者追悼式、全戦没者追悼式および平和祈念式が行われた。
 石垣市主催で行われる八重山戦争マラリア犠牲者追悼式では、戦争マラリア遺族会や遺族関係者および市民が多数出席して、慰霊碑の前で焼香をして、マラリア罹患による無念の思いでこの世を去った御霊に平和を祈念した。
 追悼の言葉が八重山戦争マラリア犠牲者遺族会会長の篠原武夫氏と沖縄県知事から述べられ、篠原会長は沖縄戦が戦争犠牲者が、戦闘員よりも民間人に多いことを述べ、八重山でもマラリア罹患による死者の数が多かったことを述べていた。日本軍によって島の住民をマラリア有病地に強制疎開させられ、家族がその犠牲者を葬る手段もないまま、そばになくなく埋めるしかなかったことや、戦後には戦争孤児が「子犬のように」周囲をうろついて職を探すしかなかった、当時の悲惨な状態を語っていた。
 追悼の歌では、ソプラノ歌手の上江洲ゆうな(南山舎代表長女)が「戦争マラリア なかったなら」「ピエ、イエス(鎮魂歌)」の2曲を熱唱。思いを込めた歌声で犠牲者を悼んだ。
 
 
 


 

これが電子式個人線量計

2011.06.22(水)

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 国の緊急援助隊に平成18年4月に登録されている石垣市消防本部の消火班。その後、救命班が登録されたのが平成19年4月だ。緊急援助隊に登録されると、国から電子式個人線量計が必要か否かを打診された。もらえるものは何でももらっておこう。霞ヶ関から5台が送られてきた。なんと震災はその後に起こった。3月11日の震災後に、全国から召集された緊急援助隊。石垣市消防本部からは緊急援助隊として3名の職員が仙台へ派遣された。3月16日に石垣市を出発。もちろんこのとき電子式個人線量計を保持して。かくして、3月23日に帰還した職員は、放射線測定器を持参。かくして、今年に入って石垣市は、5台の電子式個人線量計と1台の放射線測定器を持つことに。
 


 


 


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