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八重山ブログ『やいまNEWS』

イタシキバラ

2016.08.19(金)

 八重山では旧盆のウークイの次の日は慰労を兼ねたイタシキバラという伝統行事が行われる。悪霊を退散させるべく村々でのお清め的な意味合いがある。登野城の獅子舞、宮良の獅子舞、大浜の獅子舞がよく知られていて、住民らには楽しみな日となる。8月18日、夜の9時半頃に、宮良公民館前では公民館役員や長老、サングラスに花笠姿の浴衣集団がぞろぞろ公民館前に登場。イタシキバラ行事は、お越しなどの神事を終えオーセ御嶽で舞ったあとに、要所を巡り、公民館でも住民を前に獅子舞を実施。宮良の3体の獅子が舞ったあと、赤馬節、鷲ヌ鳥と舞踊の演目が綴られていった。この間、獅子は新築の家々を巡り、そのお清めに精を出していた。


 

石垣島でアンガマ

2016.08.16(火)

 8月15日は旧暦の7月13日で、この日は沖縄では先祖の霊を迎える旧盆のンカイ(迎え)の日。旧盆3日間を家族と過ごそうと多くの人が里帰りして、家族親族揃って仏壇の前に座り、先祖への近況を報告するほか、本家の仏壇に参るなど、交友を温める人で活性する時節となる。お供えの用意から、訪れる人をもてなす料理の仕込みなどで、島の商店はお盆の器具、食材の購入で、大いに活性する。
 そんな商店の賑わいが夜になると、今度は家々の家庭で賑わいが移る。沖縄本島ではエイサー隊の行列が各家庭を巡ることになるが、ここ八重山ではアンガマ行列が青年会などで編成され、呼ばれた家庭を訪問。仏壇の前に賑わいをつくります。
 あの世のからの使者ウシュマイ(爺)とンミー(姥)がファーマーと呼ばれる子孫を引き連れて、三線・太鼓を鳴らし登場。玄関から一番座と二番座を占拠。方言を叫びながら仏壇に参り、八重山芸能やヤジとの珍問答を披露して、観客を大いに沸かせるというもの。この日から3日間、石垣島では、石垣、登野城、大川、新川、真栄里、平得、大浜の各字の青年会がアンガマ行列の一行に扮して、依頼された各家庭に出向いて、仏壇の前を盛り上げる。また、エイサー隊も幾組か現れ、沖縄本島出身者の家々では、エイサーが披露される。


 

71年目の終戦記念日

2016.08.15(月)

 日本側だけで310万人の犠牲者を出した日中戦争および太平洋戦争。その終結を告げるポツダム宣言受諾の報を天皇自ら行った日、8月15日から71年目の終戦記念日となった。石垣市新栄町の新栄公園にある世界平和の鐘では鐘打式が行われた。世界平和の鐘は、戦争の遠因である経済問題を戦争の火種ととらえ、世界中のコインで鋳られたとされる鐘で、この日世界平和を願う島の参加者が、不戦の気持ちを込めて、鐘を打っていた。
 東京・武道館では、全国戦没者追悼式がおこなわれ、天皇が悲惨な戦争を「反省」し、恒久平和につとめてほしいと述べていた。当時を振り返り、その戦火を拡大した経緯を、もう一度再確認する必要がある。しかし憲法違反を公然とする政権に政治を任せる国民の25%ほどの投票で、安定多数を確保する異常な政治の運営を、攻撃しないマスコミの政権依存ぶり。すでに軍産共同が成立しているかに見えてくる。
 この日、世界平和の鐘の鐘打ち直前に、タケノコクラブの子供達が戦争反対の声を張り上げ、戦争をしないよう訴えていた。子供は、純粋だから、何にでも従う。大人が示すのも、忘れてほしくない。紙を読まずに。


 

 新川川河口の一角でエイサー団体が清掃活動

2016.08.08(月)

 8月7日、午前から新川川河口そばの護岸の空き地を八重山エイサー団体和琉風(トリカジ)のメンバー8人がボランティア清掃を実施した。会長の吉村盾(じゅん)さん(28)は「港の空き地で夕方7時30分から9時までエイサーの練習をするので、ときどき、メンバーで近くを清掃活動しています」とのこと。この日の場所は、双葉公民館裏手の新川川河口との間の細長い空き地。タクシーなど、営業配達で回る車が休憩に立ち寄るほか、バードウォッチャーや釣り人が集まる場所だが、草むらの中には多数の空き缶、ペットボットルが散乱している。新川川河口が赤土流出でイメージがよくないためか、汚れはそのまま放置状態だ。今回、清掃ボランティアの登場で憩いのエリアはあっというまにきれいになっていた。同団体は結成が10年前で、吉村さんで5代目の会長とのこと。和琉風をトリカジと当て字するのは、本土出身者の大和と沖縄出身者の琉球で風を起こそうと生まれたエイサー集団だからだという。なぜ「トリカジ」かは不明だとも。また三線と生唄の曲にのせ、女性の手踊りも交えて太鼓を打つのがこのエイサー団体のこだわりだという。CDの曲を流すのではなく、生で演奏する理由は、その場所や状況に合わせて、演奏の長さも曲も、いくらでも調整ができるからだ。「太鼓の音で人も集まり最後はイチャリバチョーデーでカチャーシーになるのが醍醐味」だという。


 

四ヵ字豊年祭

2016.08.05(金)

 7月31日は四ヵ字の4御嶽が集結するムラプールが開催された。この祭りのいわれは、オヤケアカハチの騒動に由来し、真乙姥が長田大主の首里王府からの無事な帰還を願って祈り、成就したなら綱引きをすると神と交わした約束から発している。結局、長田大主が無事帰還したことで、女の綱引きを真乙姥は披露するようになった。豊年祭で、各御嶽からの奉納が終わると、種子の引き継ぎ式が行われた直後に、神司から抜き棒を与えられ、それを掲げて境内を出てくると、女達が集結して、ガーリーが盛大に展開。するとそばに用意された大綱を女達だけで抜き棒を刺して、儀式が終了。神事は終わり、あとは昔の番所近くに周囲のギャラリーらとともに移動して、ツナノミンと大綱引きを実施。そちらの会場も大いに盛り上がった。神事に立ち合うことで、来年の豊作を祈願する市民はあるのだが、むしろ神事終了後の綱引きの参加に市民は力が入っている。四ヵ字の御嶽の氏子を真乙姥御嶽に呼び集める祭りは、政治性がうかがえる。大浜豊年祭はオーセ御嶽の前で、そこはいわば税の徴収場所。平得・真栄里の豊年祭は大阿母御嶽で開催され、そこは神司を束ねる人物の御嶽だった。政治性が高い豊年祭は、真に農民のためのたのしみだったかどうかは、・・・公式の娯楽で、あくまで士族が許す無礼講的な集団での賑わいを許すイベントだったかも。今は、庶民の伝統の行事で賑わいを楽しむ観光客も集まるイベントだ。由来が女の約束から来ているのは、面白いはず。


 


 


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