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八重山ブログ『ブログやいまーる外伝』

お礼(最後のブログ)

2010.05.27(木)

 昨年6月から始まったこの「ブログやいまーる外電」も、私のものとしては今回が最後のブログとなりました。スタートのときは「果して1年間書き続けることができるだろうか」と大きな不安を抱えておりましたが、何とか今日の日を迎えることができて、心底ホッとしております。
 多くの八重山ファンの皆様には、この1年間数多くアクセスしていただきまして、大変感謝いたしております。誠にありがとうございました。この場をお借りいたしまして、心より厚くお礼申し上げます。
 併せて、このような機会を提供してくださいました南山舎さんに対しましても、深く感謝の意を表したいと思います。南山舎の社長さんをはじめ、ご協力いただきましたスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。
 1年間このブログを続けたことで、私の八重山に対する思いは一段と深まるとともに、八重山での数多くの思い出を鮮明に再確認することができましたことは、大きな収穫であり、大変嬉しいことでもありました。
それでは、お別れはバンナ岳展望台からの石垣市街地の眺めです。
(写真提供:南山舎)

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いただきもの

2010.05.24(月)

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 我が家にいただきもののサボテンの鉢植えがある。名前は知らない。いただいてからしばらくは花をつけなかったが、数年後からは数えるほどであるが毎年花を見せてくれるようになった。
 咲いても一輪ずつだったものが、昨年は一度に五輪も咲いた日がある。
びっくりして写真を撮った。写真をハガキにして、いただいたお宅に送るとすぐに連絡が入り、このお宅の親サボテンはすでにダメになってしまったそうで、五輪の花を自分のことのように喜んでくれた。
 八重山ではサボテンなど珍しくもなんともないが、ヤマトで見るサボテンの花は貴重で嬉しいものなのです。

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食堂が交付する『日本最西端の証』

2010.05.21(金)

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 日本の最北端と最東端は北海道にあり、最南端と最西端は八重山にある。私はこの4ケ所にすべて足跡を残したが、今日は最西端の話である。
 石垣島から飛行機で与那国島に渡り、昼近くに街中に戻って通りすがりの人に「日本最西端の証」を交付してくれる場所を尋ねた。すると、店の名は忘れたが、ある食堂の名前で、近いこともありすぐその食堂を訪ねた。内心おかしいなと思いつつも恐る恐る聞いてみると「そうだ」と言う。
 申込書のようなものに記入して料金を添えて提出すると、「30分位待て」と言う。ちょうどいいやと思ってその食堂で昼食をとっていると、間もなく「日本最西端の証」が届いた。
 なんと、与那国島では「日本最西端の証」を食堂で交付するのだ。写真を見ると日付が昭和4年となっているが、私は昭和4年にはまだ生まれていない。正しくは平成4年である。年号が変わって間もなかったせいか(といっても3年以上経っている)昭和の古いものを使っていたのだ。これも沖縄のテーゲー(主義)か? 大概にしろヨ。


『日本の道100選』の最南端

2010.05.17(月)

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『日本の道100選』は1986年に当時の建設省(現国土交通省)と「道の日」実行委員会によって選定されたものであり、実際には104本の道路があるとのこと。
 最北端の道は札幌市の札幌大通りであり、最南端は竹富町の黒島にある沖縄県道黒島港線である。私はどちらの道も踏破したが、黒島の道は衝撃的だった。まっすぐ延びた道にサンゴを砕いた真っ白な石が敷き詰められ、強い太陽光線が目に反射するのでずっとは目を開けていられなかった。誰もいない道をレンタルした自転車に乗るのが勿体なくて自転車を引っぱって行くのだが、遠く見える道の先端は青い空に続いているような錯覚を起こした。その道も今は舗装されたと聞くが、残念なことである。選定された意味はどこへいってしまったのか。


未確認情報

2010.05.12(水)

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 西表島に旅した折、月ケ浜の近くで夫婦が営業している宿に泊まった。食事は部屋食ではなく、1階の食堂でとることになっている。朝食を済ませて庭に目をやると、真ん丸に形どられた大振りの花が咲いている。
 宿の主人に花の名を問うと「わからない」という。そう言いながらも彼は花図鑑のような分厚い本のページをめくってくれて、「エンレイハマオモトだそうです」と教えてくれた。エンレイハマオモトは漢字で“延齢浜万年青”と書くのだそうだが、あれから一昔以上も経った今でも、私はあの花が本当にエンレイハマオモトなのかどうかの確認を行っていない。せっかく調べてくれたご主人、すみません。
 それにしても、延齢とはおめでたいではないか。


石垣島の最北端

2010.05.07(金)

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 石垣島の市街地から一番遠いところは、島の最北端にある平久保崎なのだ。道が狭いので観光バスも行かないのだ。だから、観光客がここに行くにはレンタカーなどを利用するほかに手がないのだ。かく申す私は島ではこの場所が一番好きで、月に3、4回は通った。晴れて風がない日は、遠く多良間島が見えたりするのだ。灯台から眼下の海を見ると、リーフの内側は筆舌には形容しがたい息を呑むような色彩の世界が展開されていてホントに言葉にならないのだ。灯台記念日に灯台に登らせてもらったことがあるが、その日は風が強く展望台では目なんか開けていられなくて、景色なんぞ楽しむどころではなく最悪の日だったのだ。
 また、岬に着く少し手前の道を右に折れて細い道を進むと砂浜の近くまで行けるのだが、砂浜に出て左側(灯台のある方角)に目をやると、そこには日本版のダイアモンドヘッドが出現するのだ。だからわざわざハワイに行かずともよいのだ。

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 そして、平久保崎は飛行機がない時代に、島の人たちが船で旅に出る人を見送る最後の場所であり、船で旅から戻る人を迎える最初の場所なのだ。つまり、平久保崎は島の人たちにとって想いの場所なのだ。
 今日はなぜか赤塚不二夫さんの口調になってしまったのだ。


二見情話

2010.05.03(月)

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 石垣島に滞在している間に覚えた沖縄の歌が二つある。一つは日出克の唄う『ミルクムナリ』であり、もう一つは沖縄民謡の『二見情話』である。
 『二見情話』は照屋朝敏氏の作詞によるものだが、その歌詞の中に
「海山ぬ眺み 他所(ゆす)に勝てぃヨ」という部分がある。歌詞から想像すると二見は素晴らしく良い所であり、ぜひ訪れてみたいと思ってしまう。見掛けによらずミーハーな私は、たまらず名護市の二見に行った。そして、ここでの話、二見の地は想像したほど良くはなかったので、ちょっとがっかりするとともに、「これなら石垣島のほうが数段勝っている。自分が今、石垣島に住んでいることに感謝しなくては・・・。」と思ったものである。二見の皆さんごめんなさい。


てぃぬひら本

2010.04.29(木)

 16年前に石垣島で買い求めた本がある。『てぃぬひらおきなわ昔ばなし』という本で、装丁の愛らしさが先に目に入り、中味の確認もせず衝動買いをした。
「てぃぬひら」とは「手のひら」のことで、その名のとおり縦10cm、横7.5cmの手のひらにすっぽり収まるちっちゃくて可愛い本である。
 4冊で1セットとなっていて、それぞれに沖縄本島や八重山の昔ばなしが3話ずつ書かれているので、全部で12話がとりあげられている。
内訳は沖縄本島が6話、八重山が3話、宮古島が2話、来間島が1話で、八重山の3話のうち石垣島のものが2話あり、「ニライの詩」と「悲しい石」が掲載されている。残る1話はあのマーペーの石化伝説で、これは黒島の昔ばなしとしての紹介となっている。
 文章はおじぃ(當山忠氏)の話し言葉で書かれていて、その語り部的雰囲気がよく表現されて味わい深い。また、4冊のうち2冊の挿絵は有名な名嘉睦稔さんのもので、この小さな本に花を添えている。

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渡辺賢一さんの思い出

2010.04.26(月)

 石垣島における勤務先で、タブロイド版の季刊紙を発行したことがあった。毎号特集記事を掲載していたが、その一つが『八重山の蝶とトンボ』であった。八重山の蝶とトンボといえば渡辺賢一さんである。知人に紹介を受けて、当時八重山農林高校で教鞭をとっていた渡辺さんを訪ねて記事の依頼をすると、快く引き受けてくださった。
 それから学校やご自宅にスタッフと何度も伺って取材を重ね、ようやく特集を組むことができた。渡辺さんに取材のための申し入れを行って、ただの一度も断られたことがなく、いつも子どものように輝いた目でわかりやすく説明して下さり、その上に貴重な写真を沢山お借りすることができ、きれいな記事になった。暖かく接して下さった奥様にも感謝している。
 その渡辺さんから毎年年賀状を頂戴しているが、最近は昆虫類より人物の写真が多くなったのが気になるが、それはそれで意味のあることかなぁと思う。写真は今年いただいた年賀状である。

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日に3回、年に3回

2010.04.23(金)

 日に3回は、シャワーを浴びる回数。年に3回は、湯船にお湯を張って温まる回数である。石垣島滞在中は、シャワーは出勤前に1回、帰宅後に1回、就寝前に1回と言うのが毎日のパターンであり、どっぷりと湯につかるのは年に3回位だった。石垣島では3回の冬を過ごしたが、石垣島の年間平均気温は24度であり、冬でもそう寒いと思うことはなく、湯船につかるといってもほんの短い時間である。
 知人宅などはシャワールームがあるのみで湯船はなかったぐらいだ。本人に聞くといらないのだという。確かに年3回ほどのために湯船は不要かも知れないし、そのほうが経済的もであり、理にかなっていると思う。
日本人の風呂好きというのは、石垣島には当てはまらないのかも知れない。(写真はイメージです)

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