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八重山ブログ『ブログやいまーる外伝』

東京八重山文化研究会 第451回例会

2015.12.25(金)
日時:2015年12月20日(日)14時〜17時
場所:千代田区立九段生涯学習館 4階 第1集会室(東京都)
・報告者 :田村昇氏
・テーマ :民族という語彙の周辺について

例会は、先月の450回記念例会を節目に新会長となった大仲強氏の、「次の500回記念例会は5年先となる。ともに高齢化していくだけでなく若い世代も交えながら継続を。」と会員への今後の変わらぬ協力を求める挨拶から始まった。

20151225m01.jpg

今回の報告者である田村氏は、人類学の学術用語としての「民族」ではなく、日常語における「民族」という言葉を核に据えて、調査、考察、報告という形でいくつかのテーマをまとめてこられた。

まず、本発表の前提となる氏の私見としての「民族」の意味を提示した後、世界の人々がどのような言葉で呼称されているかについての傾向や例外のまとめの解説がなされた。
「民族」「族」「〜人(じん)」と、この地球上に生きる私たち人類を何らかの指標で分類する際に使われる言葉には様々な表現がある。
お話を聞けば聞くほど、なぜ地域によってそれらの呼称の使われ方が違うのか? それらが使い分けられている背景にどんな価値観や指標があるのか? そもそも、いったいどういう立場や分野の誰が最初にその呼称でその集団を呼び始めたのか? など、興味がわいてきた。
それらの使われ方について筆者はわかっているようでわかっていない。
何気なく使っていたり、教科書で習ったり何かで見聞きしたままを何の疑問もなく使ってきたことに気付かされた日であった。
田村氏によると、人類学上の「民族」の定義についての定説はないと聞いているとのこと。
それゆえに、これらの呼称・分類が、研究者同士の論争の種になることもあるらしい。
また、そう聞いた筆者は、呼称・分類の抱える課題は、集団に属する当事者たちが自分たちをどう呼びたいか、他者にどう呼ばせたいかというテーマにもなり、時にそれがアイデンティテイーや誇りを守るための闘いになるのだろうなと思った。

20151225m02.jpg

次に、「琉球民族」という表現について、沖縄の人々を「民族」といえるか否かについての考察が発表された。
その前提に、今回は、氏の私見としての日常言語としての「民族」の意味がある。
それをベースに様々な視点から日本と琉球を比較検討し、本発表で前提としている形での「民族」という言葉の使い方においては、日本と琉球の間に異民族というほどの相違はなかろうというのが氏の見解であった。

最後に、田村氏の研究分野であるアイヌについて、彼らをめぐる「民族」という視点からの歴史のまとめが報告された。
様々な資料を元に、歴史上に見られたアイヌに対する否定的な見解の例と、国の立法、行政、司法におけるアイヌに関する取り組みの経緯と現在の見解が紹介された。
2008年に「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が衆参両院において決議したことや、アイヌ独自の文化や風習が伝承されている二風谷の、彼らが伝統的儀式をしていた聖地がダム事業により破壊されたことに対する「二風谷ダム裁判」の1997年の判決により、アイヌは少数民族であるのみならず先住民族として認められた、という出来事が紹介された。

「民族」という言葉は人権と密接につながっているのだということが理解できた。
それだけに、内容によってはデリケートな話題にもなるが、それを知ることの大切さを認識した。
そして、誰によって分類されたり認められたり、誰によってそう呼ばれたりするのかを想像すると、歴史が誰(どの立場の人)によって書かれたかということと同様の問題がそこに潜んでいるようにも思えたのだった。

今回は2015年最後の回ということで、来年の担当決めも行われた。
担当となった会員はそれぞれに得意分野を持っているようで、来年も毎月様々な興味深いテーマになりそうだ。

本日は終了後、忘年会も開催されるようだった。
事前の案内によると、歌三線の時間もあるようだ。
きっと最後は、八重山の宴会の終盤と同じく、皆さん立ち上がって歌い踊って盛り上がったことだろう。


私の記事は、年内はこれが最後となります。 
みなさま、よいお年をお迎えください。


映画「はるかなるオンライ山 〜八重山・沖縄パイン渡来記〜」

2015.12.22(火)
上映期間:2015年12月5日(土)〜12月27日(日)10:40〜(モーニングショー)
場所:ポレポレ東中野(東京都)

—–
【チラシより】
沖縄の特産物として名高いパインアップルのルーツは、戦前にパイン缶工場を沖縄に根付かせようと渡ってきた、台湾からの入植者によってもたらされました。
本作は、台湾と沖縄。二つの文化が時にはぶつかり、時には手を取りあって、大きな夢を実現させていく苦難と希望のドキュメンタリーです。
オンライ山とは? 
台湾ではパインアップルのことを≪オンライ≫と言います。
入植した人々が夢に見た、豊かに実ったパインの畑が山々を覆う様を表現したもの。
—–

20151222m01.jpg

1日1回モーニングショーのみの上映のため、週末に観に行ってきた。
朝一番だからだろうか、上映20分前くらいに映画館に到着したらまだ会場の扉は閉まっており、10人ほどの人が外に並んで入場を待っていた。
入場して席を確保した以降も、人が入ってきた。ざっと3〜40人といったところだろうか。

映画の前半は、史実をもとにした再現フィルムや、当時の様子を写したモノクロ写真、「月刊やいま」でもおなじみの熊谷溢夫氏の切り絵やなどで構成されている。
後半は、現在の沖縄と台湾の関係を映したドキュメンタリー映像だ。
全体を通して、合間に入植者の子孫たちの証言も盛り込まれている。

台湾と沖縄の関わりが大きくなったのは日清戦争以前に起こった牡丹社事件に始まるという。
その後、台湾が日本の統治下におかれることでより関係が密接となり、それ以降現在までの台湾と石垣島を中心とした八重山・沖縄との間の様々な関係とその変遷を、パイン産業を切り口にまとめた作品だ。

太平洋戦争が始まる以前に、当時石垣島より農業技術が優れていた台湾から300人ほどの人々が入植して、パインと水牛をもたらした。
しかし、当初の島民からすれば、新しくやってきた人たちが新しいことを始めることは脅威でもあったかもしれないからか、互いの言葉や習慣の違いからくる摩擦や差別も少なくなかったようだ。

また、台湾人による石垣島でのパイン栽培、そして、彼らの生活・人生は、その時々の時代の影響を受けて紆余曲折の連続だったこともわかった。
戦争により一時石垣島でのパイン栽培を中断せざるを得なくなったが、名蔵の山の中で種の保存をしておいた苗により、戦後再びパイン栽培に取り組み、その後日本国内に起こった空前のパインブームへとつながっていく。
石垣島にはパイン缶工場がいくつも操業していた急成長の時代があった。
それもつかの間、パイン缶詰輸入自由化などによる保護政策の打ち切りや、海外の安いパインが入ってきたことなどにより、平成8年に石垣島にあった最後のパイン缶工場が閉鎖されたのだそうだ。
それ以降は、生食用のパイン生産に切り替わり、八重山の特産品として定着して今日に至るという。

日中の国交の変化に翻弄され、一時期日本と台湾との国同士の交流が絶たれることもあったが、現在は
八重山台湾親善交流協会が設立されて文化交流などが行われたり、2世、3世が八重山に根付きながらもルーツと伝統も大切にしながら地域に生き、台湾との新たな関係づくりを模索している様子も描かれていた。

映画を観ながら、筆者自身の中の体験や知識の断片がいろいろと浮かんできた。
石垣島への旅で公設市場に売られていたたくさんのパインのことや、西表島や沖縄本島でパイン畑を見かけたりしたこと、子どもの頃に特別な日にパインの缶詰を食べるのが嬉しかったこと、石垣島で台湾の人のお祭りが行われるという話をそういえば以前聞いたことなどが思い起こされ、この映画によってそれらに横串が通った。
「あぁ、そうだったのか!」と新たな理解と納得を得た。

余談だが、パイン同様、戦時中に食糧増産のために栽培を中止させられたものに、徳島県の藍がある。
危険を冒してある一人の人が山中でその苗をひっそりと栽培し続けて守ったことが、藍を絶滅の危機から救ったという話を思い出したりもした。

日本と台湾、八重山と台湾の間にあった歴史を学ぶと同時に、入植者たちの苦労から、思いを形にするためには、大局的見地でものを見て、何が大切なのか本質を見極めながら諦めずにやり続けることの大切さを気付かせてくれる作品であった。


参考:石垣島におけるパイン産業についての情報

●「パインアップル缶詰から見る台琉日関係史」北村嘉恵
https://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/JapanBorderReview/SI/akitamura.pdf

●パイナップル畑 / 車窓(東運輸株式会社ホームページ)
http://www.cosmos.ne.jp/~bus/pineapple.html



 


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