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八重山ブログ『ブログやいまーる外伝』

東武百貨店池袋店で「美ら島フェスティバル」&「沖縄展」が絶賛開催中! 八重山アーティストも集結

2016.08.29(月)



 東京・池袋の東武百貨店で、8月25日(水)〜30日(火)の会期で「第6回美ら島フェスティバル」、「沖縄展」(主催=沖縄県、株式会社沖縄県物産公社)が開催されている。



 これまで、同店では5回の沖縄フェスを催してきたが、沖縄物産展の開催は実に8年ぶりで、同時開催となるのは初めてのこと。



 「美ら島フェスティバル」でのライブには多数の沖縄出身アーティスト、関東のエイサー団体が出演。我が八重山からも石垣島出身のやなわらばー、カワミツサヤカ、迎里計、成底ゆう子、世持桜、伊良皆高吉、鳩間島出身のかじくあつしが出演。八重山古典民謡の慶田城哲芳・八重山芸能グループもライブに登場。沖縄アーティストたちの歌声に、会場に詰めかけた観衆は大いに盛り上がっていた。



 また、「沖縄展」では数多くの工芸品、食品業者が軒を並べ、石垣島からは「金城かまぼこ店」「石垣の塩」が出店。いずれの店舗にも行列ができるほどの盛況ぶりだった。




 なお、「美ら島フェスティバル」(8F屋上・スカイデッキ広場)、「沖縄展」(8F催事場)はともに30日まで開催されている、まだ、行かれていない沖縄愛好者の方は、ぜひ足を運んで、「あふれる島の恵み」を感じてください!
 ライブスケジュール、出店業者などの詳細はHPにて、ご確認を! 荒天の場合、ライブは中止または会場変更となる可能性があります。
 さらに、30日午後8時半から、同店14Fバンケットホールにて、那覇市のバー「泡盛倉庫」主催の「泡盛ナイト」が開催され、スペシャルゲストとして、BEGINの島袋優が登場する予定。
(ミカエル・コバタ)
★東武百貨店池袋店公式ホームページ
http://www.tobu-dept.jp/ikebukuro/


とぅばらーま大会 関西予選会

2016.08.22(月)

日時:8月21日(日)13:00〜
場所:大東市民会館 第二ホール(大阪府大東市)


この日の大阪は、日差しは強く気温も高いが、さわやかな風が吹いていた。
台風9、10、11号と三つ巴の台風の内、関東南沖で発生して南南西へと進路を向け、今後八重山にも影響を及ぼす可能性のある10号の風と思われる。
今年は八重山にはまだ、影響が多少あった台風は一つだけで、珊瑚の白化現象や農作物への悪影響も出てきている。
秋台風が恐ろしいのではないか? と懸念する声も上がってきているようだ。

秋の八重山恒例行事と言えば、とぅばらーま大会だ。
来る平成28年9月13日(火)、石垣島・新栄公園で開催される本大会の関西予選会が、本日開催された。



関西予選会の歴史は長く、平成4年に第一回が開催されてから、今回で24回目だ。
昨年より、本会の運営を近畿八重山郷友会が行っている。
会場設営も受付、運営、進行もすべて、有志のボランティア精神によって成り立っている。
今年の予選会には、18名がエントリーし、当日は体調不良で欠場した一人を除いた17名が、日頃の練習の成果を披露した。
最優秀賞に村上創さん(左)、優秀賞には佐野明さん(右)が輝いた。



最優秀者・村上さんは、9月に石垣島で行われるとぅばらーま大会へ、関西代表として出場する。
以下、予選会の様子。

座開き:鷲ぬ鳥節  とぅばらーま出場者、大哲会



選考会での村上さん(上)、佐野さん(下)の様子



八重山舞踊:審査中の八重山舞踊の部での子どもたちによる「あがろーざ」では、その愛らしさにおやつやおひねりがたくさんステージに投げ込まれ、今回一番の拍手喝采は彼らがさらった。



最後は、六調節、みるく節、ヤーラヨーで締めくくられた。



【とぅばらーまについてもっと知りたい方へ】
・やいまねっと記事「とばらーま大会創設のころ」
http://jaima.net/modules/readings/index.php?content_id=109
・南山舎発行「とぅばらーまの世界」 太田静男 著
http://jaima.net/modules/guide6/content/index.php?id=172
・やいまインタビュー「とぅばらーまの世界」を出版 太田静男
http://jaima.net/modules/celebrity/index.php?content_id=42


今年も新宿の街が熱く燃えた! 「新宿エイサーまつり2016」開催

2016.08.10(水)



 すっかり、新宿の夏の風物詩となり、今年で15回目を迎えた「新宿エイサーまつり2016」(同大会委員会主催)が7月30日土曜日、東京・新宿の東口、西口で開催された。



 関東は梅雨明け直後とあって、見事なまでの好天。というより、3年連続炎天下の中での演舞となったが、暑い方が、より“沖縄っぽさ”を感じられて心地よい。



 今年は舞弦鼓、和光青年会、町田琉、琉球國祭り太鼓、琉球舞団 昇龍祭太鼓など関東から26団体が参加。沖縄県下からは、嘉手納町南区青年会が派遣され、計27団体が伝統的なエイサー、創作エイサーの演舞を午後8時まで繰り広げ、沿道の多くの観衆を大いに沸かせてくれた。



 また、関連イベントとして、今年も伊勢丹新宿店で「第22回めんそ〜れ〜沖縄展」が同27日〜8月1日まで催され、我が石垣島からは金城かまぼこ店、八重泉などが出店し、大盛況だった。



 並行して、近隣会場では恒例の「沖縄音楽フェスティバル」を始め、歌舞伎町シネシティ広場(旧コマ劇場前)で、「沖縄フードガーデンin新宿」(7月29日〜31日)が初開催され、こちらも大いに盛り上がった。



 なお、「新宿エイサー」には、ミス沖縄グリーングリーングレイシャスの新里由香さん、沖縄市ミスハイビスカスの當眞志菜さん、久米島紬観光レディーの山城萌美さんが来場し、沖縄観光のPRに努めた。



 まさに、新宿の街が沖縄一色に染まった「新宿エイサー」と関連イベント。来年の開催が今から待ち遠しい。


鴨川納涼に京都沖縄県人会がブース出展

2016.08.08(月)

日時:8月6日(土)17:00〜22:00
8月7日(日)17:00〜21:30
場所:鴨川右岸 三条〜四条間(京都市)


連続猛暑日で、沖縄より気温の高い京都市内。
旧暦の七夕(今年は8月9日)にちなんだイベントが、今、市内各地で開催されている。
その一つとして、夕方から2夜連続、鴨川納涼2016が開催された。
 http://www.kyoto-tanabata.jp/kamogawa/

このイベントの歴史は長く、今年で47回目となる。
鴨川の三条から四条にかけて納涼床が並ぶのと並行して、多くの県人会や、京都の伝統工芸の団体などがブースを出していた。

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ブースは、三条側から3つめ。
女性を中心に調理や販売がなされていて、テント内のイートインコーナーでは唄三線の男性演者が場を盛り上げていた。

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京都沖縄県人会は今年で30周年を迎え、去る7月10日(日)に京都市内で記念式典・祝賀会を開催した。
この鴨川納涼祭への出店は、かなり以前からだという。

来場されていた、石垣島のご出身で京都沖縄県人会の副会長・上原任氏(元京都市副市長)に、お話をうかがった。

関西では、大阪や兵庫には明治、大正の時代から集団就職で多くの沖縄県出身者が移住してきており、その数は、各県とも70万人ほどではないかと言われている。
そこでの県人会は古くから活動をしてきた。
一方、京都の県人会は戦後1987年に設立された新しい会で、人数も少なめで、その分結束力があるという。
就職で京都に来たというより、学生時代に京都に来てそのまま居ついたり、結婚相手が京都の人だったり、また、他県で暮らしていたが後に京都に来た人などの方が多いのだそうだ。
近畿八重山郷友会や八重山の各字の郷友会の多くは、大阪が拠点となっており、京都からは遠いと感じる八重山出身の人などは、こちらの県人会にも所属して交流を深めているようだ。

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(上原任氏と、迎里徹氏)

迎里徹氏は、白保出身。
京都市内にある、檀王法林寺で三線教室を毎月2回行っておられる。
 http://www.okinawa-fansite.com/fanclubsansinkyositu/
(この三線教室は人気が高く、定員オーバーで現在募集はしていない。)
檀王法林寺は、400年以上前に日琉交流の歴史を持つ。
そこのご住職や県人会などの人々により、2008年秋、「京都沖縄ファン倶楽部」が設立され、三線教室はそのファンクラブ主催だ。
6割が内地の人とのことで、多くの人が沖縄民謡や沖縄の音楽に興味を持っていることがうかがえる。
檀王法林寺では、毎年5月に「芸能フェスタ」も開催されており、今年は3000人の来場者があったそうだ。
来年は、ぜひ聞きに行ってみたいものだ。

お二人と同席されていた沖縄タイムス社の通信員さんも、八重山のご出身だった。
前回の記事「近畿八重山郷友会総会」の取材や、郷友会の春の花見の取材の際には、「ふるさとの人たちに元気で暮らしていることが伝わるなら」と、気軽に写真撮影に応じてくださった方がいらした。
内地の八重山関係の情報をお届けする「やいまーる外電」が、ふるさと離れて活躍している人たちの様子を伝える役割も担えるのだとしたら、筆者もあまくま出向く甲斐がある。

お話を伺っている間も、多くの人たちが入れ代わり立ち代わりテントの飲食コーナーにやってきて、オリオンビールや泡盛、沖縄の一品料理を楽しんでいた。
このブースは、沖縄料理店などの専門業者がやっているのではなく、すべて京都沖縄県人会・会員の手作り。
会員が自宅で作ってきたサーターアンダギーや、おつまみの一品、ブースで焼かれる沖縄焼きそばなど、多くは女性が担当されていた。婦人部の方々の活躍なくしてはなりたたない出店だそうだ。

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2日間、多くの人で賑わった鴨川納涼。 県人会のみなさま、お疲れ様でした。

●沖縄県人会
 http://www.okinawa-fansite.com/kyotookinawakenjinkai/
●京都沖縄ファン倶楽部
 http://www.okinawa-fansite.com/fan-club/


沖縄フェスタ in OSAKA

2016.08.02(火)

日時:2016年7月17日(日)
会場:西成区民センター(大阪市西成区)
時間:11時〜19時45分


この日は大阪でのイベントが重なった。
夕方まで近畿八重山郷友会定期総会に参加してから、沖縄フェスタの会場へと移動した。

沖縄フェスタは、琉球沖縄民謡・島の唄 涼風会が主催で、今回で4回目。
西成区民センターと共催で実施している。( http://okinawa-festa.com/ )
プログラムを見ると、午前11時から、様々なアーティストや唄者のライブ、エイサー団体の演舞などが、切れ間なく続いている。
今年は、特別出演として、大城美佐子、我如古より子も出演。
八重山出身のアーティストも数多く参加した。

筆者が会場に到着したのは、プログラムの最後、「八重山 ん?!!NIGHT 〜唄遊び〜」の直前だった。
会場内には、飲食や物販ブースもあり、多くの人々が和やかな雰囲気で演奏の開始を待っていた。
ステージが始まると、川門正彦(石垣島)、ヨナヅキ(与那国島&大阪)、大泊一樹(石垣島)、田代浩一(石垣島)、宜保和也(石垣島)、与那覇歩(与那国島)などが登場。
メンバーらの様々なセッションに、会場は盛り上がったり、シンとして聞き入ったりしていた。

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(主催者の許可を得て撮影)

野外では広い空間に拡散される人々の声が、室内のせいか、会場後方でなされていた一部の人たちのにぎやかなしゃべり声が案外よく響き、静かな曲が続いたあたりでは、何人もの人が後ろを気にしてふりかえっている姿が見られた。
そんな状況を心得ている人なのか、あるいは、熱心なファンなのか、そういう人たちは、前方の席で集中して演奏を聞いていた。
後ろのおしゃべりが気になっていた人たちの中には、途中から前方の空席へと移動する人たちの姿もあった。
室内に、物販や飲食・アルコールのブースもあるので、飲んで盛り上がるのが前提のイベントだ。
ファンとして演奏をじっくり聞きたい人、演奏をBGMにそこにいることそのものを仲間と楽しみたい人など、いろいろな楽しみ方があってもいいとはいえ、どちらのニーズも満たそうとするとなかなか難しい面もあるのかもしれない。

安里屋ゆんた、デンサー節、白保小唄などなじみのある歌や、アーティストの持ち歌などが演奏された。
一度ステージ脇に隠れた川門が、ソロタイムのために再びステージに姿を現すと、歓声はさらに大きくなった。
「朝から来てる人もいるんだよね?」との川門の言葉に、早い時間から準備・運営に携わってきた人たちや、会場で終日演奏を楽しみ盛り上げていたかもしれない人たちの存在を意識した。
代表の涼氏が「手作りでやってます」と話されていたのがよくわかる。
そんな長丁場のイベントではあるが、最後はまた八重山出身のアーティストたちがステージに戻り、客席ではカチャーシーが始まる。

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(主催者の許可を得て撮影)

疲れなど全く感じていないかのような観客たちの盛り上がりは、さらに高まってきた。
ステージの上にも多くの人々が舞い、熱狂的な雰囲気で「八重山NIGHT」が締めくくられて、沖縄フェスタの幕が閉じたのであった。

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(主催者の許可を得て撮影)

「沖縄フェスタ in OSAKA」は2017年度の予定もすでに決まっており、今年同様、7月の第3日曜開催とのこと。
来年もまた、熱い一日になるに違いない。


平成28年度第56回 近畿八重山郷友会定期総会

2016.07.26(火)

日時:2016年7月17日(日)
会場:大東市民会館(大阪府大東市)
時間:13時〜17時


この日、近畿一円の多くの郷友、来賓の近畿各県の沖縄県人会代表などが一堂に会し、総会の後、親睦会で親交を深めた。

【総会】
玉城一正会長による挨拶。

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昨年甚大な台風被害を受けた与那国島へ当会より義援金が送られたことや、今秋は3年に一度の「全国のやいまぴとぅ大会」が石垣島で開催されることなどが紹介された。
続いて、総会の活動報告では、昨年度、八重山三高校卒業生合同懇親会や、とぅばらーま大会関西予選会、これまで各会で行われていた八重山古典民謡保存会の合同での「関西交流会」が行われたことなどが報告された。
全ての議案は承認され、2期目再任となった玉城会長をはじめとした新役員の紹介へと続き、会場からは「頑張って!」と応援の声も飛んだ。
来賓からの祝辞では、近畿における沖縄本島の郷友会は休会など活動が減少傾向の中で、このように大勢の人が集う八重山の郷友会は素晴らしいというお言葉もあった。
総会は滞りなく終了した。

【親睦会】
後半の親睦会では、乾杯、座開きの「赤馬節・しゅうら節」を皮切りに様々な余興が披露された。

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各字会、郷友会などの、趣向を凝らした余興の様子。

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会場では、かりゆしウェアのセールも開催されていた。
担当は、戦時中に、西表島の南風見田に「忘勿石(わすれないし)」の文字を刻んだ識名信升氏のお孫さんにあたる識名さん。
お子さんたちとともに。

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フィナーレの六調節、弥勒節、ヤーラーヨ。
玉城会長がミルクの面をかぶり、人々の輪は会場全体に広がった。

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200人以上の参加者と思われる本日の総会は、万歳三唱で締めくくられた。


民族文化映像研究所作品「竹富島の種子取祭」が上映される

2016.07.21(木)

民映研の映画をみんなで上映する会 堺町上映会
日時:2016年7月16日(土)
会場:堺町画廊(京都市)
時間:19時〜


民映研(民族文化映像研究所)には、映像により日本の各地の基層文化を記録した作品が多くある。
民映研といえば、故・姫田忠義監督にご存命中に何度かお目にかかり、その時一緒だった八重山の民俗学研究者と一緒に、直接お話させていただいたことがあることを思い出す。
物事への取り組み方や人に接する態度が非常に真摯で、また、撮られる側・記録される側への配慮についての考え方がとても奥深いという印象が残っている。
筆者は手仕事や自然とともに生きる暮らし、行事に興味があるので、ここの作品はこれまでもいくつか見たことがあり、どれもよい作品だと思っていた。
そんな民映研の映画を自主上映している「民映研の映画をみんなで上映する会」という団体が関西にあると知った。
機会があったら沖縄のものに限らず映像を見に行こうと思っていたところ、京都の画廊で竹富島の種取祭の映像の上映会があると知り、足を運んだ次第だ。
奇しくもこの日は、祇園祭の宵山。露店がたくさん出て、多くの人が訪れる。しかも、今年は土曜日だ。
「せっかくだから、お祭りの雰囲気に触れてみよう」と、会場の画廊がある駅の一つ手前、祇園祭の最寄り駅に降り立ったら、想像していた以上に大変な混雑だ。前へ進めない。

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「このままでは、上映に間に合わないかもしれない」と、祇園祭の雰囲気を楽しむのは早々にあきらめて、人通りの少ない道へと移動。
たどり着いた京町屋の堺町画廊は、雰囲気のいい空間だった。

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祭りの喧騒はここまでは響いてこず、先ほどまでの人の熱気や大混雑がうそのような静かな空間だ。
奥の飲食物販売コーナーの上から、スクリーンが降りてくる。

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筆者は早めに到着して前寄りの席に座って映像を見ていたが、上映が終わってトークタイムとの間の休憩に後ろを振り向いたら、スタッフも入れると50名ほどの観客で埋まっていた。
多くの人が、種取祭や民映研の映像に関心を持っているのだと知った。

種取祭の映像は、昭和54年11月に撮影したものだ。
観光客や島外の人には、奉納芸能が行われる2日間(種取祭7、8日目)や、その間の夜通し行われるユークイがよく知られていると思われるが、本映像はそれ以前の世持御嶽での司による行事から記録されている。
神行事、のりとの言葉の記録としても、貴重な映像である。
特に、種取祭5日目(戌子:きのえね の日)以降の様子が、淡々と語るわかりやすい解説とともにまとめられていた。
5日目にもち米やもち粟などで作る「イイヤチ」という餅のようなものを男性3〜4人が大きな木のへらで練る際に、呼吸を合わせやすいようにするためだろうか、歌を歌っている様子もあった。
そのような歌を「ユンタ」や「ジラバ」などと呼ぶのであろうか。
実際に歌いながら作業を共にしている様子を見ることができたのも貴重であった。

映像の中では、観光客はまばらだ。
現在は、「多くの人がその祭りを見ようと望んでいるようで、宿は取れないし、島に渡る船にさえ乗れないこともある」と、自らも民俗学の研究をされているという上映団体の代表が後で話しておられた。
民俗文化映像研究所では、作品の一部をDVD化して販売しているほかに、映像を自主上映向けなどにレンタルしているようだ。
上映団体も借りながら上映しているとのことだった。
残念ながら、八重山に関する映像は種取祭の記録以外にはなさそうだが(筆者の調べた範囲では)、興味を持たれた方は民映研に問い合わせてみてはいかがだろうか?

●民族文化映像研究所 
Facebook
ツイッター: https://twitter.com/mineiken?lang=ja 
ブログ: http://deepjapan.blog55.fc2.com/ 

民映研の映画をみんなで上映する会 facebook

種取祭スケジュール1(竹富島ビジターセンター竹富島ゆがふ館 ホームページ)

種取祭スケジュール2(有限会社竹富観光センター ホームページ)

●その他、参考情報
沖縄・八重山に関する映像の自主上映会について情報収集していたところ、都内でも興味深い活動を見つけたので、ご案内しておこう。
喜多見と狛江の小さな映画祭」 


「日本民藝館所蔵 沖縄の工芸」展

2016.06.29(水)

会期:2016年6月21日(火)〜8月21日(日) 
休館日、毎週月曜日(但し祝日の場合は開館し翌日休館)
会場:日本民藝館(東京都)
時間:10時〜17時(最終入館は16時30分まで)


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日本民藝館は、柳宗悦により昭和11年東京都内に創設され、今年で80周年を迎える。
その特別展として、数ある所蔵品の中から琉球王朝時代の工芸品を紹介する「沖縄の工芸」展が、6月21日より始まった。

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焼物、厨子甕、染織、型紙、漆器、シーサーなどが展示されている。
期間中、「坂本万七撮影による戦前の沖縄写真」(昭和15年、・1940年撮影)の展示もあり、いずれも貴重な資料である。
柳宗悦は、「民芸(民衆的工芸)」とは、民衆の日々の暮らしの中で「用」を目的として生まれ、育まれてきた品々の中にこそ必然的に美が宿るという、「用の美」を見出し、それを紹介・活用していく「民芸運動」を提唱した。
今回展示されている琉球王朝時代の様々な工芸品も、名もなき人々の手によって生み出され使われてきた物だ。
中には、当時は名工として知られていた人もいるかもしれない。
その名は残らずとも、作品の価値を見出した民芸運動家によりこうして蒐集・保管されてきたことで、戦禍をくぐり抜けて後世への遺産として現存している。
展示の大半は、沖縄本島で作られた物だが、八重山に由来する物としては、織物、パナリ焼を目近に見ることができる。

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(日本民藝館の許可を得て撮影)

特に織物は、八重山の物は展示数こそ少なけれどそれぞれに特徴があり、それも含めて当時の沖縄の織物の多様さにあらためて気づかされた。
八重山の染織は、「括り」の技法による総絣の着物の地色で、草木染めと思われるピンク色や、薄い藍染めの浅地(水色)の物なども作られていたようだ。

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(日本民藝館の許可を得て撮影)

西表島の染織家・石垣昭子さんは、一時期内地で暮らしていた若かりし頃、ここ日本民藝館を訪れて沖縄の染織や伝統文化の素晴らしさを再確認したことがきっかけで八重山に戻り、以来、染織技術の後進への伝承を続けておられていると聞いたことがある。
(参考:「ナチュラルクエスト」ホームページ >フォーカス > Vol.5 石垣昭子さんの紅露工房
https://naturalquest.org/report/vol5/01.html )
石垣さんによって、一時期途絶えていた西表島の村の祭りの衣装が再び作られるようになったきっかけのひとつが日本民藝館にあると考えると、それだけでもここが八重山の伝統文化の伝承へ果たした役割は大きい。

併陳の、戦前に柳宗悦と共に沖縄へ渡り当時の風景を撮影した坂本万七の写真もまた、貴重な資料だ。
沖縄戦の鉄の雨に破壊される以前、1940年の沖縄本島の様子を知ることができる。
2階だけでなく、1階入口の正面裏手という目立たない場所にも展示されているので、見逃さずにご覧いただくことをおすすめする。
同じく戦前に撮影された首里城などの短編映像も、2階にて上映されている。

戦前の八重山はどんな様子だったのだろう? と興味がわいて、調べてみた。
関心がある方は、石垣市のホームページにある「八重山写真帖 −20世紀のわだち−」をご覧になると参考になるだろう。
http://www.city.ishigaki.okinawa.jp/100000/100500/syasincyo/syasincyo.htm

奇しくも筆者が日本民藝館を訪れたのは、6月23日。慰霊の日だった。
戦争により、多くの人々の命、日常、人々の手により作られてきた民芸・工芸品などが失われた。
そんな日だからこそ、それ以前の民芸品、工芸品や写真記録の希少性、重要性を、より一層感じた展示であった。


埼玉・春日部で「エイサー祭り」が盛大に開催される!

2016.06.21(火)

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6月11日(土)、12日(日)の両日、埼玉・春日部市の「ふれあいキューブ」で、「粕壁エイサー2016」(主催/春日部TMO・粕壁エイサー2016実行委員会)が開催された。

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今年で11回目を迎えた同イベント。第1回では1団体しか参加がなかったというが、今年は和光青年会、町田琉、琉球國祭り太鼓、琉球創作太鼓 零など12団体が参加。本会場のみならず、サブ会場のララガーデン春日部でも、エイサー演舞、島唄ライブなどが披露された。

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会場内外には、沖縄物産、飲食物の出店もあり、両日とも、満員の観衆が詰めかけ、熱い演舞で会場を沸かせてくれた。

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そして、最終日のフィナーレは、お決まりの参加団体、観衆が入り乱れてのカチャーシーで幕を閉じた。

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まだまだ、埼玉ではエイサーは広く知れ渡っているとはいえないが、このイベントがきっかけになって、もっと広まってほしいものだ。
来年の開催が早くも待ち遠しい。

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「岡本太郎が愛した沖縄」展

2016.06.20(月)

会期:2016年4月23日(土)〜7月3日(日) 月曜休館日
会場:川崎市 岡本太郎美術館
時間:9時半〜17時(入館は、16時半まで)


汗ばむほどの太陽の日差しがあっても、生田緑地の雑木林の中に入ると木陰が涼しい。
池には、若い緑の木々が映り込み、それを水鳥が崩して、幻想的な模様を描いていた。

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枝打ちされてまっすぐに天を仰ぐようにそびえるメタセコイヤの林、それを囲む丘陵地から、様々な鳥の声が響いてくる。
のんびりと散策できる林の奥の階段の上に、岡本太郎美術館はある。

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芸術家・岡本太郎(1911年2月26日 - 1996年1月7日)は、生前二度沖縄を訪れ、そこで触れた文化や風土などから以降の創作活動に大きな影響を受けたと言われている。
それは1966年の久高島でのイザイホーを取材した二度目の訪問の翌年に大阪万国博覧会(1970年)のテーマ展示プロデューサーとして就任し、制作した、「太陽の塔」にも影響していると考えられている。
一度目の訪問の後に記した『忘れられた日本−沖縄文化論』(中央公論社)には、「それは私にとって、一つの恋のようなものだった」と記すほど、太郎は沖縄にのめりこんでいった。
彼は自身が目にした沖縄を大量の写真におさめ、写真集「岡本太郎の沖縄」(NHK出版;廃版)にもまとめた。
本展は、岡本太郎自らがシャッターを切った数々の写真の展示と、沖縄訪問前後の造形作品の紹介で構成されている。
会場では、沖縄本島、八重山諸島、久高島・イザイホーと旅の日程にあわせていくつかの部屋に分かれて写真が展示されていた。

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八重山へは、一回目の旅(1959.年11月16日〜12月2日)で沖縄本島を巡った後、数日訪れている。

11/25 石垣港に夜到着 → 11/26 宮良殿内、桃林寺、白保、大浜など 
→ 11/27 川平、島内の市場など → 11/28 登野城など → 11/29 竹富島 
→ 11/30 石垣港に戻る

八重山を写した写真は、70点ほどあった。 岡本太郎の目を通して見る約60年前の八重山に、タイムスリップしたようだった。
復帰前であった当時の日常生活の風景や人々の様子、行事など、岡本太郎が様々なものに興味を抱いたことがうかがい知れる。
写真を見ると、石垣島も竹富島にも、まだ茅葺き屋根の民家が散見される。 未舗装の道がさらに素朴さを際立たせていた。
太郎が一回目の旅で入手したと思われる、「石垣島観光地図」1958年度版も興味深かった。わら半紙に手書きガリ刷りだ。
当時はまだ、石垣島は石垣市と大浜町とに分かれていて、集落名の一覧表には「計画移民部落」と「自由移民部落」とがわかる印と世帯数、人数が記されていた。

インターネットのサイト「琉球文化アーカイブ」の「沖縄県公文書館」( http://rca.open.ed.jp/ok/ryuadmin/p11.html )によると、「52年から57年にかけて琉球政府は計画移民を推進、八重山には22部落が形成された。八重山の他、ボリビア、アルゼンチン、ブラジルへの移民も同時期に開始された。」とある。
石垣島内の集落の歴史は、石垣市のページ内にある「石垣島の風景と歴史など」のコーナーが参考になる。県内外から多くの人が石垣島に移ってきたことがうかがい知れる。
http://www.city.ishigaki.okinawa.jp/100000/100500/huukeirekisi/landscape/p1-p133/contents.html

八重山に関する作品を中心にここまで書いてきたが、本展を訪れる人の多くがイザイホーにも興味を持っていると予想して、それについても少し触れておこう。
イザイホーだけで展示室があり、DVDを見ることもできる。
イザイホーのDVDだけでなく、「岡本太郎が恋した沖縄」というドキュメンタリー番組を本展用に再編集した映像の上映室もあり、それぞれ約30分。
それ以外のところにも短い映像が繰り返し流れているので、それらを全部見ようと思うなら、観覧時間はそれを見越して多めに取っておいてもいいだろう。

岡本太郎美術館の常設展では「岡本太郎と音楽 −響き・不協和音」も同時開催されている。
他にも生田緑地には様々な施設があり、食事も屋内外でとれて、終日楽しめる。
木々に囲まれた敷地内で、マイナスイオンを浴びながらのんびり過ごすのもなかなかいい。



 


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