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やいまスターインタビュー

島田 紳助

島田紳助

テレビ番組で石垣島について語ることが多い島田紳助さん。
ついに念願の「石垣ビビンバ」のお店を石垣島・明石にオープン。
本人を訪ねてお店へ直撃インタビュー。
八重山についてのいろいろを歯切れのいい紳助さん節で語って頂きました。

見も知らん人に「おはようございます」と言われてびっくりしました。


―八重山の中でどこが好きですか?

紳助
黒島が好きです。本物の沖縄があったという感動がありましたね。「あ、沖縄や!」と。見たこともないのに、本物の沖縄やと感じたのは黒島でしたね。黒島には石垣のある家とか街並みがあるやん。どこを歩いていても昔の沖縄の空気があって、おじいちゃん、おばあちゃんがそこに住んでいて、ほんまの沖縄の感じやなという。一番感動したのは、朝起きて自転車で走り回っていて、中学校の前を通ったら、中学生の女の子が3人歩いていたんかな、「おはようございます」と言ってくれて、見も知らん人に「おはようございます」と言われて、街の人間としてはびっくりしましたね。僕は景色を見てもあまり感動しないタイプで、観光地へ行って景色を見ても、「あ、分かった。行こう」と言って、そこに1分もいないんです。ところが、黒島に行ったときに、朝1人でチャリンコに乗って、仲本海岸へ行って、缶コーヒーを買ってボーッと座っていて、時計を見て、「30分もおるわ」と。誰も人がいてへんのにね。1人で缶コーヒーを飲みながら30分いてましたね。今、地方へ行って、国道を走っていたら、どこにおるのか分からないじゃないですか。同じコンビニがあって、ファミレスもみんな同じ、全国チェーンのレンタルビデオ屋があって、どこを走っていても日本中同じやもんね。だから黒島みたいなところを見てびっくりしたもんね、「なんじゃ、こら」と。

自分の体が沖縄に慣れてきて、ソーキそばがうまいと思うようになってきて


―沖縄でお好きな食べ物はなんですか?

島田紳助〜やいま×インタビュー〜
紳助
沖縄の思い出で言うたら、一番初め、それこそもう二十何年前に来たときに、沖縄料理を食べて、びっくりしたもんな。ソーキそばすらびっくりしたもん。「こんなもん、食えるかい」と思ったもんな。初めての印象は、「やる気のないどん兵衛」。沖縄を好きになっていくのと同時に、自分の体が沖縄に慣れてきて、ソーキそばがうまいと思うようになってきて、でも、今でも思うんやけど、微妙やな。ソーキそばって“うまい”と“まずい”のぎりぎりにおるねん。大阪とか東京にもソーキそば屋があるんですよね、沖縄料理が今はやっているから。たまに行くんですけど、向こうで食うたら、やはりまずいね。というのは、きっとほかのものがうまいからやろうね。僕は出身が京都市内や。だから、やっぱり僕には沖縄の食べ物はきついわ。フーチバジューシーなんか、「蚊取り線香を食うたことないけど、これは蚊取り線香の味や」と言うてね(笑)。でもこの間、それこそ二十何年ぶりにフーチバジューシーを頼んで食べたら、食べれたもんね。なじんでくるねんね。不思議なものですよね。だから、沖縄へ来たら、着いたすぐその日にいつもソーキそばを食べる。食べたらうまいと思うね。

自分がずっと何かをやっていこうと思ったら、石垣が一番可能性あるかなと


―店を出すまでの経緯は?

島田紳助〜やいま×インタビュー〜
紳助
島田 昔からの夢で、いつか沖縄に住みたいと言いながら、仕事もずっとあるわけやから、住むことはでけへんし、だから住めへんのやったら、例えば家を建てようと。でも、家を建てても来ないじゃないですか。つまらんでしょう。それやったら、こんなお店をした方が楽しいかなと。いろいろお店もやっているんですよ。例えば、大阪でラーメン屋をするんやったら、友だちと一緒にしたりとか。でも、今回だけは誰とも組んでいないんです。僕1人でやっているんです。なぜなら、儲からないから勧められない。一緒にやらないかと言えないでしょう。
初めの発想は、黒島に家を建てようと言うたんやね。でも、建てようと言いながらも、黒島も不便やなというてね。今、沖縄に住もうとする人は多いんですよね。中尾彬さんも沖縄本島の那覇にマンションを買って住んでいるし。でも、僕は本島を沖縄と認めないみたいなところがあってね。都会やし、沖縄のにおいがないじゃないですか。昔、それこそ僕が若いとき、今から25年前とかは、沖縄のにおいがありましたけどね。でも、今はもうめったに行かないですね。だから、行っても遊びの形が違うね。泊まって、ゴルフをするんやったら本島でいいと。でも、ボーッとするんやったら…。一番初めに人を連れていってあげるんやったら宮古なんですよ。「沖縄へ行こうと思うんですけど、どこがいい?」と言われたときには、宮古を推薦するんですよ。美しさではやっぱり宮古やろうね。宮古もマンゴーを食べに年1回行くんです。正直言うて、例えばお店をつくるなら、宮古がいいなと思っていたんですよ。でも、お客さんが来ないじゃないですか。だから、自分がそこに定着してやろうと思ったら、石垣でないと無理やなというので。八重山の首都じゃないですか。だから、自分がずっと何かをやっていこうと思ったら、石垣が一番可能性あるかなと。宮古では店をやってもたぶん1年でやめてしまうと思うんですね。

見てすぐ、「買います」と


―この場所に決めた理由は?

紳助
街の中は絶対嫌なんですよね。正直言って、完全に営利を目的にするんやったら、もっと街の方がいいでしょう?夜も客が来ますからね。本当は営業して利益が出なあかんやろうけども、僕の一番の目的は利益じゃないんです。利益を上げるということは、4番目とか5番目なんですね。失礼な言い方やけど、利益を上げようと思ったら、石垣島で店をせえへんわな。自分のこういった店をやろう、喫茶店をしたいなというイメージがあって、海のそばじゃなくて、遠くに海が見えるところ。海が目の前にあったら、人間って落ち着かないなと。遠くに海が見える方が、人間はボーッとできるなというので。僕の東京の友だちで、毎年、年に2週間ぐらいずっと八重山を回るやつがおるんですよ。そいつがこの店を見つけてきたんですよ。僕がそんなん言うてるから、「こんなんがありました」といって。それで、「見に行くわ」と、2月にここを見に来たんですよ。見てすぐ、「買います」と。

田舎の人とうまく交流していくには、「頼み事をせえ」と言われてね


―明石の人たちとの交流は?

紳助
僕も昔、10年ぐらい大阪の能勢町という山の中にいましたんですね。あのときもあまり地元とかかわらんでいいんですよ。外の者が来て、変にかかわろうとするとうまいこといかんのですよね。田舎の人とうまく交流していくには、「頼み事をせえ」と言われてね。何かに協力しようとか、何かをしてあげようとしてはいけないと。困ったことを頼みに行けと。困ったことを頼まれた人は、絶対に悪い気はしいひんから、一番それが田舎の人とうまくいく方法やと言われて、能勢にいる10年間、「困りました。どうしたらいいですか」と言うてね。田舎の人は親切やから、そこからつながっていきましたね。今、移住者が多いけれども、移住者が来たら気分が悪いじゃないですか。移住者が頑張ると言うたら、昔から住んでいる人はむかつくじゃないですか。僕でも絶対むかつくと思う。ずっと住んでいるのに、近所にどこかから来たやつがおって、そいつが変に自力で頑張りよったら、気分が悪いじゃないですか。そいつが「すみません。こういう困ったことが起こったんですけど、どうしたらいいですか」と言う方がかわいいもんね。「それ、あんたね、そう違うねん。こうやったらええねん。ちょっと貸してみ」となるもんね。頼ってきたやつの方がかわいいでしょう。だから、明石の人たちに頼りますわ。

建物を建てたいねん。みんなが泊まれるようにしたいねん


―八重山って紳助さんにはどんなふうに見えますか?

紳助
この間も番組でやってんけど、ハワイを好きな人と沖縄を好きな人、例えば八重山を好きな人を分けたら、ハワイを好きやという人は、風景が好きなんです。だから、言葉が通じなくてもハワイがいいんですよ。娯楽施設があって、海がきれいで。外人と友だちになろうなんて気持ちは初めからないんですよ。でも、八重山を好きやという人は、風景よりも人が好きなんですよね。そこで人とかかわりを持ちたい人が来るんですよ。だから今八重山に来ている観光客は、暗系やわ。考えたら、東京からグアムへ行くのと八重山へ来るのやったら、グアムの方が安かったりするねんもんね。それで、あえて八重山へ来るというのは、やっぱりそれはちょっとおかしいよね。ちょっと暗いわ。自閉症気味の人が多いわ。街であまり優しくされてへん人が八重山に来て、人が普通に優しくしてくれたり、接してくれたりして、そこに「ここ、好き」と思う人が多いみたいな感じやね。人が好きな人が八重山へ来て、八重山の人たちが接してくれるやないですか。例えば、ハワイへ行って地元の人と友だちになっても、絶対「1人30ドル」って言いよる。絶対「いくら、いくら」と言うて、「何や、おまえ、金もうけかい!」と。優しいと思ったら金もうけやないかと。客引きやんか、逆に言うたら。でも、この八重山とかにはそんなのはないやん。ほんまに優しいやん。だから感動するんやと思うねんね。何かあったら、「どうした?」とか言ってみんな声を掛けてくれるじゃないですか。だから、そういう、あまり優しくされたことがない人が集まってくる。だから、民宿がはやるんやって。僕の友だちでもいつもひとり旅で波照間へ行きよるねんけど、絶対おかしいって言うてるねん。ひとり旅やったら、1人で寝えと言うねんね。いつまでしゃべっとるねん、おまえらって。それはひとり旅と違う、人恋しいねん。「どこから来たん? いつ帰るの?あした、ダイビングするの?一緒に潜ろうか」って。友だち探しているねん、やっぱり寂しいねんって。同じ思想やんか、そういう。だから、話は合うもんな。変な言い方をしたら、普通に健康で、東京や大阪に友だちがいっぱいいたら、「おい、今度石垣へ行こうや」となったとき、「行こうや」って何人かで行くもんやもんな。「おれ、来月、1人で石垣へ行ってくるわ」という、その発想自体からやっぱり暗いで。「おれ、来月、ハワイへ1人で行ってくるわ」というやつはおらへんもんな。何でかというたら、ハワイへ1人で行ったら、ほんまに1人やで。景色はあるけども、誰もしゃべってくれへんし、ほんまに1人やもん。でも、この八重山に1人で来たら、絶対に誰かいると思ってるねん、みんな。民宿に泊まれば1人じゃないし、友だちができると思ってるねん。だから、こっちに、島にひとり旅でみんな来るのよ。会うたことないで、ハワイでひとり旅。だから、やっぱりこっちの人は優しいねんって。そんな人恋しい人が集まる島やねんな。こんな世知辛い世の中やから、そういう人口は増えているように思うねんな。だから、開発をする必要はないと思うねん。開発したらあかんって。石垣とかにデューティ・フリーをつくったら、客は来るかもしれんけども、どこも一緒になってごちゃ混ぜになるもんな。ほんなら、もうその人たちはどこへ行ってええのかわからへんやないかと。それと民宿の「おかえりなさい」。ようできたせりふやでな。八重山の客引きやわ、ほんまに。都会人の心をビンタやで。絶対みんな言うべきやわ。どこのホストにも負けへんで。イチコロやわ(笑)。
だから、もしもっと店がはやったら、隣に建物を建てたいねん。みんなが泊まれるようにしたいねん。自分の夢。だって、小学校のときとか、地方でキャンプをやって楽しかったやん、キャンプファイヤーとか。ここへ来て、みんなが泊まれて、夜バーベキューをして、みんながいろんな話ができたら楽しいなと。いつかそうしたいな。


島田紳助(しまだしんすけ)プロフィール
京都府出身。松本竜助とのコンビで、上方漫才大賞(ラジオ大阪) 1980年度・第15回 新人賞。花王名人大賞<花王名人劇場> 1981年度・第1回 新人賞。上方お笑い大賞(読売テレビ) 1980年度・第9回 銀賞。NHK上方漫才コンテスト 1977年度・第8回 優秀敢闘賞。現在はテレビの司会などで大活躍。

 


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