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やいまスターインタビュー

波照間 永吉

波照間 永吉

考古学、歴史学、民俗学、言語学など、様々な角度から『おもろさうし』に迫った『琉球の歴史と文化 おもろさうしの世界』が昨年11月に発刊。編者である波照間永吉先生にお話を伺った。

―『おもろさうし』とは?

波照間
12世紀から16世紀頃まで、沖縄本島、奄美諸島で祭りの時に神役がうたっていたと考えられる宗教歌謡を、首里王府がまとめたものが『おもろさうし』(以下『おもろ』)という文献です。『おもろ』は全22巻、1554首のウタで構成されていて、ほとんどに節名がついていることから間違いなくウタであることはわかりますが、残念ながらメロディーはわかりません。また大きな謎は、八重山や宮古のウタがひとつも入っていないということです。
喜舎場永 先生の『八重山古謡』という有名な著書は、本来なら『おもろ』に入るべきだった八重山のウタを自分が編集するんだという思いでまとめられたそうです。もし『おもろ』に八重山のウタが入っていたら『八重山古謡』は生まれなかったでしょうね。

―八重山のウタと通じる部分はありますか?

波照間
対句法によって叙述が展開すること、そして囃子が入っているということが通底している形です。『おもろ』はひらがな主体で書いてあるので、これまでの研究では囃子があることすらわからなかった。以前は、全てが一つの文句、つまり全て物語の展開に意味があると解釈していたんです。しかし現代では、八重山の古謡のように、歌詞と囃子の部分から成っていることが明らかになってきました。更に最前線の研究では、どこまでが歌詞または囃子なのかという線引きが課題となっています。また、対語・対句を重ねて長い物語的なウタを作っていきますから、最後までうたいつなぐことによって完結するわけです。これが八重山の古謡との文化的同一性です。ですから、『おもろ』を勉強する際、宮古、八重山の方は大変有利だと思います。ユンタ・ジラバ、ニーリ・アーグにひたってきた文化的DNAが我々の中にあるわけですからね。

―いつから研究を始めたんですか?

波照間
23歳から始めて、もう35年になります。当時、仲宗根政善先生宅で開いていた研究会も、現在で1386回を数えます。仲宗根先生は学生の僕に『おもろ』を覚えてごらんとよく言っていましたが、覚えられるはずがないと僕は暗記しなかった。「門前の小僧倣わぬ経を読む」で、もっと真剣に取り組んでいたら私の研究も変わっていたかもしれませんね。。

―『おもろ』を読み解く一番の難しさは?

波照間
今回発刊した本でも、様々な分野の先生方にご執筆いただいているんですが、『おもろ』を知るためには、言語学的な研究によって語の認定をし意味を考える、そして当時の社会を知るために考古学、歴史学の研究成果を学ぶ、更には宗教学、民俗学の知識も必要です。つまり、総合的に知識を動員しなければ正確な理解にはつながらないということ。しかしながら、沖縄の人間のアイデンティティの主要の部分をこの『おもろ』が語っているはずなんですね。だからおもしろい。

―今後の研究の課題は?

波照間
『おもろ』の言葉の解説や時代背景等、細かな研究成果を含めた全注釈の作業を進めることです。『おもろ』の研究には、間違いなく八重山のウタの知識や民俗、ことばが生かされるはずなんです。我々、八重山人はウタの文化を身に染みて持っていますから、『おもろ』の研究は沖縄本島や県外の人よりアドバンテージをもらっていると思います。


波照間 永吉(はてるまえいきち)プロフィール
石垣市字登野城生まれ。沖縄県立芸術大学教授・附属研究所所長。著書には『南島祭祀歌謡の研究』共編著『沖縄古謡大辞典』『定本 琉球国由来記』『定本 おもろさうし』『新編 沖縄の文学』など。平成19年に『琉球の歴史と文化』を編集。

 


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