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やいまスターインタビュー

写真家 大塚 勝久

写真家 大塚 勝久

環境省 国際サンゴ礁研究・モニタリングセンター開所10周年記念事業のひとつとして、自身の30周年写真展を開催した写真家の大塚勝久さんにお話を伺いました。

―フリーの写真家として活動を始めたきっかけは?

大塚 勝久(以下、大塚)
 サンゴ礁を中心とした八重山の大自然、そして人と人とのつながりに感動したのがきっかけです。特に、神々に捧げる島の祭り行事では、子どもたちが祭りを通して礼儀や先輩への尊敬の心、連帯感の素晴らしさを学び、そこから青年会へ、地域づくりへと繋がっていく。このように伝統が継承されていくことに感動を覚えました。1972年に自分の作品撮りのため沖縄本島を訪れました。そこで、八重山諸島、竹富島のことを聞き、はじめて八重山を訪れたのは翌年の1973年でした。当時、大阪トヨタ自動車本社の宣伝広報課で働いていた私の生活とはかけ離れた人間性豊かな島の人たちの生き方に魅かれ、会社勤めをしながら、8年間通い続けました。訪れた島々の中でも竹富島には非常に縁がありました。コンドイ浜で夢中になって入道雲を追いかけ、日射病で倒れたときに看病してくださったのが、今は亡き大山菊さんでした。菊さんは、島のことは何でも知っていて、様々な話を聞かせてくれました。大企業の競争社会の中で働いてきた私は、神行事を中心に過ごし、何をするときにも「うつぐみの精神」を大切に一致協力する島の人たちの姿に本当の人間の在り方に気付かされました。旧暦に沿って行われる神行事を写真に収めるために、悩んだ結果、宣伝広報マン兼カメラマンという安定した職を投げ、1980年にフリーの写真家になり、沖縄50島の写真を撮り始めました。1989年に那覇に移住して以来、沖縄本島を拠点としていますが、年間6ヶ月は八重山で新しい発見をし、自分が感動して撮り収めた作品を写真集や写真展、雑誌掲載やカレンダー、ポスターとして発表しています。

―今回の写真展について

大塚
 大学在学中の潜水経験、会社勤め時代に身に付けた空からの空撮技術が現在の活動に活かされ、フリーの写真家として様々な角度からの作品撮りを始めてちょうど30年になります。八重山に来るようになってからは、本当に私自身が感じたものだけを写真という形で表現してきました。近年、私が初めて八重山に来たときに感動した海の青さやサンゴ礁の美しさは、温暖化やゴミ問題で減ってきています。地球上の環境悪化が重視されるようになり、私も昨年度からビーチクリーン活動に参加させていただいています。将来を担う子どもたちが環境問題を意識し、ビーチクリーンや海の観察会に参加することの大切さを実感しています。

―読者にメッセージを

大塚
 島の歴史や文化も環境に含まれていると思います。今回は八島小学校の生徒たちが紙粘土で作ったサンゴ礁のジオラマの展示と私の写真展のコラボが実現しました。この写真展を通して、環境問題に対する意識を高めることに取り組みました。八重山の美しさはたくさん残っていると思います。若い世代を中心に全島民が一丸となって活動している姿を見て、私も写真家として、今まで以上にエネルギッシュに空から海から陸から撮り続けていき、八重山の良さを世界に発信していきたいと思っていますので応援よろしくお願いします。



新本 当昭 大塚 勝久(おおつか しょうきゅう)プロフィール
1941年生まれ。大阪市出身。関西大学新聞学科、日本写真専門学校卒業。1980年にフリー写真家として独立し、写真事務所を設立。八重山諸島の自然、風俗、祭祀などを中心とした沖縄50島の原風景を撮り続け、1989年には那覇市首里に移住し、沖縄専門のフィルムライブラリーを設立。これまでに沖縄関係著書21冊(写真集9冊)を出版。国内で35回の写真展(米国で6回)を開催。2006年には写真家として初めて県知事の沖縄県観光功労表彰を授与。現在は(社)日本写真家協会、日本旅のペンクラブ、全国竹富島文化協会(理事)に所属し、様々な方面で活動している。

 


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