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対談 今後の八重山と台湾の可能性



県立広島大学教員で台湾文化論や文化人類学を専門とし、文化的、経済的、政治的に幅広く台湾を研究する上水流久彦氏と、八重山毎日新聞記者で、『八重山の台湾人』、『台湾疎開 「琉球難民」の1年11カ月』などの著書を持つ松田良孝氏に、今後の八重山と台湾の可能性について話し合ってもらった。


台湾からの観光客「キーワードは多様性」

松田良孝(以下、松田)
今、石垣市の観光客は年間70万人くらいですが、そのうち約5万人くらいの外国人観光客が台湾から来ています。これを石垣市の観光計画でいう目標の100万人に持っていくためには、外国人、主に台湾の人たちにもっと来てもらうことが今後石垣には必要ではないかと考えています。

上水流久彦(以下、上水流)
僕自身は8年前くらいから石垣に来ているんですが、今日タクシーの運転手さんと話していて驚いたのは、8年前は台湾のお客さんをあまり歓迎していなかった雰囲気があったのが、今は逆に良いお客さんだという認識が生まれてきているということでした。それがタクシーという現場の部分で出てきているので、今後皆が台湾の観光客を良い客だと実感として受け入れていくようになるのではないかと思いました。

松田
併せて、中国語でガイドや料金の交渉をするという仕組みがいろいろな形で徐々に出てきています。一部のドライバーだけではなく、もっと広くそういうことができるような環境が整っていくといいですね。こうした分野からビジネスを成り立たせようという試みもあるようです。良い形になるように見守りたいものです。

上水流
今の八重山と台湾の交流というのは、親善交流からビジネス交流に変わってきている転換期なのかなと思っています。ビジネスになると、これからはいろんな軋轢や問題も出てきますよね。そういうところをどう上手く解消していくかという問題は出てくるだろうと思います。

松田
現在の観光客に対してもいろいろな意見や軋轢があるんですが、これまでの八重山の歴史をみると、台湾の人たちと八重山の人たちは一時期対立したという歴史を持ちながらも、台湾から持ち込まれたパインを取り入れ、八重山を代表する熱帯果樹として根付かせてきました。八重山の観光ポスターを飾る水牛車の風景にも同じようなことがいえます。水牛も、かつては対立の火種になっていたものでしたからね。それらが今では八重山になくてはならないものとして定着しています。八重山は、対立や軋轢のなかから何かを獲得して次に進んでいくというプロセスを繰り返してきているので、今こういう形で台湾の人たちが来てくれるというのは、また新しい何かを八重山が獲得して次に進んでいくきっかけを与えることになるかもしれません。

上水流
僕は対馬の研究もしているのですが、対馬は今韓国のお客さんが年間6万人くらい来ているんです。対馬には温泉が4ヶ所あって、やはり韓国のお客さんも温泉に入っていきます。韓国人は日本人とは違うお風呂の使い方をしていて、初めは日本側に抵抗感があったのですが、今ではハングルで標記もあり、徐々に抵抗感も少なくなっています。そういう意味では石垣の宿泊業者の中でも英語や中国語での標記もやっていきたいという話も出てきていて、徐々に対馬のように近づいていくのかなという気はしています。

松田
そうですね、10年以上かかってようやくここまできましたよね。

上水流
やはりこれからは多様性というのがひとつのキーワードになっていくと思います。いろいろなものを受け入れてきたということは、それだけ受け入れる能力をアップしてきたということだと思いますし、そのような歴史がこれから国際観光を進めていく上での大きな土壌になっていくのではないかという気はしています。
対馬と韓国の関係と違うなと思うのは、対馬の場合は常にナショナリズムというか、領土の問題に絡められてしまう問題があるんです。ところが八重山と台湾の場合はそれがなく、軋轢があっても付き合い自体が否定されるというような状況がないというところは非常に面白いなと僕は見ています。ところで、八重山における台湾の人たちもやはり切り捨てることができない重要な歴史の一部分だと思うんです。彼らを見ていて感じることはありますか?

松田
台湾からの観光客のガイドをしている人たちの中には、台湾語が話せるということが非常に大きなメリットになっているケースがあります。端的に言うと仕事をもらえるわけですよね。八重山に住んでいる台湾出身の人たちが集まって話をしているときに、台湾語で会話をしていることがよくありますが、それはあくまで内輪のことだったわけです。それが観光という形で経済的なメリットにつながるというのは、台湾出身者たちが八重山へ来たときには想像できなかったことでしょう。

修学旅行と台北教育大学留学「端っこという発想から消えていくこと」


上水流
今ビジネスの交流が始まっていますが、先ほど述べたように軋轢も増えます。そのような時に台北教育大学への留学という学校教育を通じて子どもたちの繋が
りが出てくると交流の幅が広がります。同じ大学で学び、苦楽を台湾の同級生とともにしたことによって個々の人間関係が切っても切れないくらい強いものになります。そのような繋がりがビジネス上の軋轢を越えて八重山と台湾の関係を強固なものにすると思います。

松田
与那国町の学校で台湾に目を向けた取り組みが活発になっています。与那国中学校は台湾へ修学旅行に行きましたし、久部良小学校はインターネットを使って花蓮の小学校と交流する計画を立てています。こうした取り組みは、台湾を含めた地域というものを学び、その成果をもって台湾へ行くという仕組みが整うと、さらに効果的です。この仕組みづくりはやってみる価値のあることですね。

上水流
その仕組みがなぜ良いかというと、それは端っこという発想から消えていくことなんです。与那国を見ていて本当にシンプルだが重要な見方だと思ったのは、「なぜ隣にあるのにすぐ行けないんだ、昔は行っていたじゃないか」という素直な疑問なんですね。人が移動するときの素直な感情が表れていてとても良いと思ったんです。この端っこではないという感覚は、実は台湾の漁民の人たちの中にもあります。つまり台湾の漁民にとって昔は与那国の辺りというのは一緒の漁場だったわけです。船に乗っている人たちは海は切れていなく繋がっているという感覚を保持していて、その感覚というのはもしかしたら我々が取り入れていいのではないかという気はしています。それを考えると修学旅行とか事前授業を通じて、この地域をもう一回東アジアの中心として捉え直していくというのはとても良いことではないかと、僕自身は思っています。
 ただ、台北教育大学留学でひとつだけ懸念しているのは、対馬でも修学旅行や語学研修を通じ韓国に留学する子たちがいるのですが、問題は戻ってきたその子たちが活躍する場が対馬にはないんですよね。八重山の場合でも台湾という場所で頑張ってきた貴重な人材をどのように地域で受け入れ、柱にしていくかということが、今後必要なことではないかと思っています。

松田
僕は誤解を恐れずに言えば、その子たちは必ずしも戻ってこなくても良いと思っているんです。そのような八重山出身の子たちが世界のどこかで活躍してくれていたら、台湾や中国との関係で何か困ったことがあったとき力になってくれるのではないかと、少し楽観的かもしれませんが、思っているんです。

上水流
私も必ず戻らないといけないということではないと思います。ただ八重山には今から実際に台湾や中国のお客さんがやってくる。その中で八重山には中国語の堪能な人材が必要だと思うんです。しかし今のところそのような人材が活躍できる場所がなく、それは八重山が国際化していけばいくほど必要になってきて、そういう意味でもその人材をしっかりと活用していくということは今後必要だという気はしています。


八重山から台湾へ人の移動「先島と台湾が一体になったエリア」


上水流

「八重山と台湾の交流?観光促進の鍵を探る」をテーマにしたシンポジウムが昨年3月27日、石垣市健康福祉センターにて開かれた。6人のパネリストが論議し、約80人の市民が参加した。写真は当日の様子を掲載した八重山毎日新聞一面記事(2010年3月28日)。
今の国際環境の中では、昔のように漁村を作って移住するということは難しいと思いますが、ビジネスにおいて台湾に駐在していくというパターンは、今の状態がもう少し成熟したら考えられると思います。また観光ということで考えると、八重山から台湾へ旅行するという発想も当然出てきます。しかし母数で言うと4万人程度ということになってしまうので、どうしても受け入れが中心になります。皆さんご存知のように今中国からのお客さんは日本にとって非常に重要となっていて、台湾に来た中国のお客さんが、台北なり花蓮を窓口にして石垣文化に触れてもらうことも可能です。東京からのお客さんが石垣を通って台湾に行ってもらうという、後背地にそのような大きなものを持って経済的交流を行うことが、八重山と台湾の結びつきを更に強くするものになると考えていています。

松田
よく言われることですが、宮古も含めて先島と台湾が一体になったひとつのエリアとしての観光地みたいな考え方はありますよね。その場合には、やはり新石垣空港でのCIQ(税関・出入国管理・検疫)施設が重要になってきますね。
 あと、八重山での航空自由化という問題もありますよね。台湾の飛行機が石垣までは来れたとしても、そのまま同じ機体で与那国に飛べるかといったら今の制度では無理です。台湾の航空会社がある一定の範囲においては日本国内の二点間も旅客を乗せて自由に飛べるというような、そういう仕組みもそろそろ検討し始めてもいいのかなと思います。そうすれば仮に与那国にCIQがなかったとしても、石垣経由でちゃんと台湾に行けますし宮古も繋がりますよね。

上水流
はい、そういうことも可能になっていきますよね。それと宮古も含めた範囲で考えたときに、実は先島の三市町と台湾東部の三つの町が姉妹提携しているということがあるんです。宮古も含めて広域で交流するというのはいろいろなキャパが広がっていくので、それも良いのではないかと思っています。これはひとつ私の夢としていろいろな所で語っているのですが、先島諸島にある市町村と台湾との間で、例えば少年少女の野球大会をやる。毎年場所を台湾、日本という形でぐるぐる回っていくような交流が出てくると楽しいのではないかと考えています。少なくとも先島というのは本島と違う要素なので、上手くそれを売っていくということは必要だと思っています。
 あと、八重山がこれから国際的にどのように売り込んでいくかということを考える上で、台湾というのは良い試金石になっていくのではないかと思っています。八重山のこのブルーツーリズムの場所というのは台湾にはない素晴らしい資源環境だと思うのですが、それが台湾ではほとんど知られていない。彼らがリゾートに行くときはプーケットでありバリ島でありパラオなんですね。台湾の中で八重山がそのポジションを獲得していくためにはどのようなことが必要で、これが成功したときに韓国で売り込む場合にも中国で売り込む場合にも、非常に重要なものになっていくと思うのです。

船の必要性「一番のメリットは距離の近さ」


上水流
今物流が八重山と台湾との間でほぼ止まった状態にあって、貨物船がゼロになってからの影響はどのようなものがあると感じていますか?

松田
直接的な影響はそれほど大きくないと思いますが、肝心なところでズシンと負担がかかってきています。修学旅行がその良い例で、フェリーが定期的に往来していないために、まず台湾へ直行する交通機関の心配から始めなければならなくなりました。
 また、八重山に住む台湾系の人たちが台湾で培ってきた文化的な営みや台湾的な暮らしを望むのであれば、それを継続できる形というのはあっても良いのではないかと思います。例えば土地公祭のときに爆竹を鳴らしたいと思っても飛行機では爆竹が運べないので爆竹は手に入らないとか、細長い台湾式の線香や紙銭もなかなか買うことができなくてすごく貴重になっているというものは少し異常な状態じゃないかと思っています。これは旅行形態の多様性とも関係していて、いろいろな形態で旅をする上でも有村の航路が果たしていた役割は大きかったと思います。

上水流
そうですよね、やはり一番のメリットというのは八重山と台湾の距離の近さで、距離が近いというのは移動するときにいろいろな移動形態があることだと思います。やはり船で来るというのが安価でいいし、更に飛行機で来るのとは違って船で来るのはとても楽なんですよね。ぜひ船は復活させて欲しいと、個人的には思っています。

国境について「国境の良さと不便さを感じとれる場所」


上水流
台湾において尖閣は宜蘭県に入っていまして、台湾名では釣魚台。もちろん国家間では領有権という問題はあっても、地域から見て考えると彼らは生活する場として存在しています。これは韓国と竹島の問題もそうですが、いつもそれらの対立で忘れられるのはその地域においてどういう風に生活の中に存在していたのかという問題なんです。決して争いの島であってはいけないわけで。

松田
領土をどのように管理するかということを考えると、それは安全保障と国境の適切な利用のバランスに尽きるのではないかと僕は思っています。八重山は国境に位置するという地理的な条件に活路を見出しうる地域です。まずは台湾との間を船や飛行機で安定的に結ぶためにはどうしたらいいのかという点にこだわりを持っていいと思いますね。

上水流
国境というのは人や移動を妨げるものでもあるのですが、国境があることによってそれぞれ違う文化を持ちえて、観光資源としても国際的なことを考える場としても重要です。国境が隣接している良さと不便さの両方を感じとれて見ることができるというのは八重山のひとつの特徴ですね。今後日本の中ですごく特殊な価値のある場所に八重山がなっていくと実感しています。だから国境の存在という不便さを逆手にとって国境を活用していくことは八重山に必要な作業で、最終的には国境の存在は八重山発展の強みになると思います。


年に数回だが、与那国島からは台湾の島影が肉眼で見える(2010年8月18日撮影)


 


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