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人物フラッシュ!

伊波南哲と大浜信泉

著:宮良邦夫 沖縄テレビ勤務 昭和17年・東京生まれ

八重山人物フラッシュ「伊波南哲と大浜信泉」

 昭和二七年の暮れ、伊波南哲は思いもよらず大浜信泉の訪問を受けた。朝から小雪の舞う寒い日の夕刻であった。その年の十月、家族を八重山に残し単身で再上京した南哲は、池袋に近い椎名町で下宿生活をしていた。戦前『オヤケアカハチ』などの著作で華々しい活躍をした南哲であったが、東京を留守にした7年間のブランクは余りにも大きく、一変した詩壇の中で文字通りゼロからの出発を余儀無くされている時であった。信泉の訪問を南哲は心から喜んだ。両者はともに石垣市登野城出身である。しかし、八重山郷友会の会員であるということを除けば二人には接点が無かった。信泉はこの時、早稲田大学の教授の職にあった。総長候補に名前が上がるほどで、学内においてはすでに確固たる地位を築いていた。その信泉が南哲の下宿先を訪ねたのだ。越して来て未だ二ヶ月にもならぬ南哲の部屋は家財道具も揃わず、本が無造作に積まれているだけであった。信泉が土産に持参した酒を酌み交わしながら話がはずむ。二人はすっかり郷愁にひたっていた。

 上京以来一度も郷里に帰ったことのない信泉は折りに触れ、隠れてトバルマーを歌った。ある日、トイレで歌っているところを奥さんにたしなめられた。そして遂にはサンシンを取り上げられてしまう。そんな話を南哲は聞いた。ふるさとを思う信泉の心情が痛いほど分かった。
 下宿のおかみさんが特別に二人分の夕食を作って運んでくれた。二人の話はさらにはずむ。

 「南哲君、トバルマーを歌ってくれないか。君のトバルマーを聞きたい」。信泉が突然言った。夜はすでにふけていた。隣の部屋とは壁一つ。さすがに躊躇した。そうだ、南哲は押し入れから毛布と布団を取り出し頭からすっぽりとかぶった。信泉をそこに招きいれる。サンシンを持ち南哲は静かに弾きだした。南哲はサンシンが上手であった。何度か彼の歌を聞いたことがあるが声は低くて太い。その声でトバルマーを歌った。

 信泉は真っ暗な布団の中でじっと聞いていた。

 南哲の左手の指先に信泉の涙が落ちた。ポトポト、ポトポトと落ちていた。
 南哲五十才、信泉六一才の雪の夜のことであった。二年後の昭和二九年、信泉は早稲田大学の総長に就任した。

 南哲は私の母の長兄であるから叔父にあたる。私が東京の大学に行くことになって上京した時は、八重山から呼び寄せた家族と共にひばりが丘に住んでいた。私はよく南哲家を訪ねては一緒に酒を飲んだ。ある時、文学の話をしていてひどく叱られたことがあった。「二度と我が家の敷居をまたぐな」と言われた。「どこに敷居があるのですか」私も負けずに反論して別れた。

 一月程経ったある日、叔父から電報が届いた。
 『クニオクン、イイサケハイッタ、ノミニコイ』
 嬉しくなって飛んで行った。信泉先生とのエピソードは多分そんな折りに聞いたのだと思う。中でもトバルマーの話は今でも印象深く記憶に残っている。

 南哲と信泉が次に再開したのは文京公会堂であった。南哲の文筆活動は軌道に乗り、信泉は勲一等の栄誉に浴していた。その日は八重山郷友会が開かれることになっていた。私はひばりが丘で南哲と合流して会場に向かった。南哲はその頃から杖をついていた。
 会場ではホールの舞台よりの最前列に案内された。緞帳は下りていた。会長の挨拶や活動報告などが型通り行われていた。その時司会者が「お待たせ致しました。大浜信泉先生ご夫妻のご入場でございます」。アナウンスの声に合わせて緞帳が上がった。見ると舞台にはすでに信泉夫妻が並んで座っている。胸に勲章を下げ、早稲田の卒業式などで用いる帽子をかぶっていた。
 司会者に促されて会長が叙勲の祝辞を述べようとしたその時であった。南哲が持っていた杖で思いっきりテーブルを叩いた。物凄い音がした。
 「今日の郷友会の趣旨を何と心得るか、不愉快せんばん。邦夫、帰るぞ」。係員が引き止めるのも聞かず、さっさと席を蹴った。

 帰りに池袋の確かおもろという名の店で一緒に飲んだ。その時にもトバルマーの話を聞いた。

 後日信泉はその日のことをこう語ったという。
 「南哲君は詩人だもんな」

(情報やいま1998年11月号より)

 


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