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トップ  >  八重山イベント特集  >  海人(うみんちゅ) | 八重山イベント特集

八重山イベント特集「海人(うみんちゅ)」

 八重山で初めてハーリーが行われてから100年余り。その昔、糸満の海人たちは漁場を求めて八重山までやってきた。子孫たちの活躍もあり、今では糸満以上の漁獲高をあげ、八重山の一大産業へと発展させた。普段、海と接していて、独自のコミュニティーを形成している海人たち、陸にいる人たちにとっては彼らの声を聞く機会は少ない。今回は、海人たちの声を紹介する。

八重山イベント特集「海人(うみんちゅ)」

下地清栄さん(海人サブロー)

【年齢】52歳
【出身地】3・登野城
【家族】息子1人・娘2人
【好きな魚】アカジン
【主にとる魚や漁法】長イーグン漁、電灯潜り
【趣味】
【好きな歌や歌手】日本人は演歌でしょう

―海人になったきっかけは?
 親父はサトウキビをやっていました。小さいころは貧乏で、中学卒業と同時に現金収入が魅力で海人になりました。17歳で船を持ち、長イーグン漁、素潜り漁、電灯潜りなど潜りを専門にやっています。冬場はたまにセーイカ漁もやります。
―なってよかったことは?
 自分の性格的に人に使われる仕事は向いていません。人から束縛されず、自分の自由がきくところですね。
―大変だったことは?
 時化にあったときはなんで海人になったかなと思います。サメがいるところで魚を突いていますが、波照間沖で何回も見ています。狙っていた獲物が突然暴れだして、誤って自分の手を突いてしまったこともありました。それと土地改良が進んだため、雨のときの赤土の流出には困っています。海が黄色っぽく濁り、昔は竹富沖も底まで見えていたのが今じゃ全然見えないですからね。
―自慢は?
 25歳の時から15年間水揚げのチャンピオンで、漁協からも表彰されました。テレビで紹介されたこともあります。セーイカ漁も10年やっていましたが、3回は水揚げチャンピオンでした。写真は昨年あげた28kgのヤイトハタと12kgのアカマチになります。

八重山イベント特集「海人(うみんちゅ)」

金城一雄さん

【年齢】55歳
【出身地】新川
【家族】息子3人・娘1人
【好きな魚】チヌマン
【主にとる魚や漁法】カチュー船一本釣り
【趣味】盆栽・三線
【好きな歌や歌手】北島三郎、鳥羽一郎ならなんでも

―海人になったきっかけは?
 親父の苦労を見てきているだけに子どもの頃は絶対海人にはなりたくなかったんです。でも高校1年の前期で中退して、他の仕事に就いてみたけど続かなくて、17歳の時に親父について海に行ったのが最初です。
―なってよかったことは?
 嵐の時や大漁時から帰港するときに港が見えてきたときの安堵感は何にも変えがたいものがあります。この気持ちを味わったら他の仕事はできないですね。それに船を持ってしまえば自分が社長として自分のペースでできます。
―大変だったことは?
 沖の防波堤工事は漁協内も二分しての論議でした。僕は反対派で、反対運動もよくやっていたのですが、少数派で負けました。近海のリーフはミーバイの漁場で、防波堤ができる前は潜りやティエルグヮーなどをしていたのですが…。防波堤を見るたび今でも悔しいですね。

八重山イベント特集「海人(うみんちゅ)」

渡久山朝吉さん(かまちゃん)

【年齢】61歳
【出身地】新川
【家族】妻・息子1人(息子3人・娘1人)
【好きな魚】アカユー、チヌマン
【主にとる魚や漁法】アカジンピキ
【趣味】グラウンドゴルフ
【好きな歌や歌手】三船浩の『男の酒場』・『月光仮面』

―海人になったきっかけは?
 僕の小さいときは、その日食べるのを確保するのがやっとなくらい貧しかって、僕は学校も満足に出れなかったんだよ。2つ先輩の人がかまぼこ屋で、11〜12歳くらいの時に連れられて海に出ました。漁といっても現金収入なんかはなくて、ただ自分の食いぶちをつなぐためだけ。当時は僕の家は大嵩に引っ越していて、兄貴たちは南方(フィリピン)へタカセ貝を取りに行っていました。冬は親父と農業して、夏に海に行くというような半農半漁のような状態でした。20歳から先輩がやっていたアカジンピキを自分もできないかなと思い始めたんです。石垣と竹富との間には今じゃ考えられないくらいアカジンがいました。今でこそ高級魚(kg2500円〜3000円)だけどあの頃じゃあたったのkg25¢(約90円)、それくらいいたし、高級魚という感じではなかったですよ。カツオの餌捕りやチナカケヤーをやったりしたこともあったけど、今ではアカジンピキに落ち着いているよ。
―なってよかったことは?
 この歳になっても人を使わず1人でできて精神的に苦労しないことかな。生まれ変わっても海人になりたいね。
―大変だったことは?
 最近は魚が減ってきていることもあり、負けん気根性がないと務まらないから自分の息子にはやらせたくないね。

八重山イベント特集「海人(うみんちゅ)」

下地盛雄さん

【年齢】68歳
【出身地】城辺町(宮古)
【家族】妻・息子3人・娘1人
【好きな魚】キハダマグロ・メバチ・カツオ
【主にとる魚や漁法】ヒキナー
【趣味】グラウンドゴルフ
【好きな歌や歌手】北島三郎の『年輪』『川』、鳥羽一郎の『兄弟船』

―海人になったきっかけは?
 生まれは宮古の城辺で、財産も何もなく、13歳の時に親と一緒に石垣島へ来て海人になりました。
―なってよかったことは?
 17歳の時にタカセ貝をとりにフィリピンの方へ行っていました。1航海3ヶ月のペースで22歳までに16航海行きました。当時はタカセ貝の価値がよく、一番儲けていた時期でした。でも当時はウェットスーツなどない時代で冬は寒く体力的にもきつく、その後タカセ貝の価値が落ちたのもあり陸に上がって下地冷凍を始めました。パヤオが設置されたこともあり15年前から現在のヒキナーを始めました。ヒキナーは潜りほどの体力はいらないので今でも現役としてできるわけです。
―大変だったことは?
 フィリピンへ行っていたとき台風に4回くらい当たり、35t船だったので命があるかないかくらいの航海でした。最近では島の西側海域にクリアランス船が増え、リーフにアンカーを打つので以前に比べ魚が捕れなくなってきていますね。

八重山イベント特集「海人(うみんちゅ)」

新城健一さん

【年齢】37歳
【出身地】波照間島北集落
【家族】妻・息子
【好きな魚】マグロ、ミミジャー(ヒメフエダイ)
【主にとる魚や漁法】夏は石巻漁法でマグロ 冬はセーイカ
【趣味】音楽鑑賞
【好きな歌や歌手】ケツメイシ

―海人になったきっかけは?
 親父が海人で僕は26歳の時に島に帰ってきました。親父が「船買ってもいいよー」って言ったもんだから。最初は遊びくらいだったのが、28歳くらいから本業になりました。
―なってよかったことは?
 海人という厳しい世界ですが大漁した時の充実感はいいですね。海に出ると陸では知れないこともたくさん勉強できますし、海人の先輩たちとのコミュニケーションも陸にいるときとは違った良さがあります。東の方に乗せ上げたりしたとき先輩方に助けてもらって。本当だったら事故をしたら落ち込むところだけど、逆に「助けてもらったんだからがんばらないといけないな」と奮起できるのは陸では味わえないことかな。
―大変だったことは?
 自然条件もあるし、魚の値段がどんどん下がってきているし。大変なことの方が多いね。
―自慢は?
 自分は国内、海外などいろいろ旅行した経験があるから、それを生かして観光漁業を軌道にのせたいなっていうのはあるね。海人同士のコミュニティーはあるけど、それをまとめて行政などに伝える陸と海との連携がとれていない気がするね。たくさんの海人をまとめるのは難しいかもしれないけど陸と海との関係をもっと密にしていけたらという思いはあります。

八重山イベント特集「海人(うみんちゅ)」

山城エイリさん

【年齢】16歳
【出身地】登野城
【家族】父・母・兄・姉
【好きな魚】キハダマグロ
【主にとる魚や漁法】夏はヒキナーでマグロ 冬はセーイカ
【趣味】野球
【好きな歌や歌手】なし

―海人になったきっかけは?
 自分は中学卒業してすぐに海人になったんですよ。高校へ行ってたら今は2年生になります。小さいときから海人のお父さんに海に連れていってもらっていて海が好きになったんですよ。夏はヒキナーで冬はセーイカをやっています。まだ1年半ですけど。マグロが釣れなくなったら、ムージケに切り替えてアカマチやビタローを狙いに行くこともあります。
―なってよかったことは?
 自分より大きい魚も見れるし、釣り上げたときはうれしいですね。
―大変だったことは?
 小さいときにお父さんに連れていってもらっていたときは全然疲れなかったんですけど、今は仕事ということで釣らないといけないというプレッシャーがあります。やっぱり仕事なんで遊びではできないですね。それと自分の同級生たちが甲子園に出場していました。僕も野球をやっていて野球やりたいっていう気持ちもあったけど、海人になってしまったので無理ですね。甲子園の時は漁に出ていたので、ラジオを聞きながら仕事をしていました。
―自慢は?
 この前70kgのキハダマグロを上げたんですよ。あんなに大きいのは初めてでした。今年は本マグロを狙いにいったんだけどだめでしたね。

八重山イベント特集「海人(うみんちゅ)」

大城良次(ガッパイ)

【年齢】23歳
【出身地】登野城
【家族】妻、息子
【好きな魚】チヌマン
【主にとる魚や漁法】電灯潜りでチヌマン、ゲンナー
【趣味】ブガリノーシ
【好きな歌や歌手】鳥羽一郎の『兄弟船』

―海人になったきっかけは?
 親が海人で小さいときから海が好きだったんです。勉強もやりたいと思わなくて、高校進学は考えていませんでした。それで中学を卒業してから海人になりました。1年のうち3月〜5月にかけてはもずくの養殖をやっていますが、それ以外は電灯潜りです。中学を卒業してからずーっと海人で今年で8年目になります。
―なってよかったことは?
 海から上がってそのままハーリー屋で飲んで、みんなで美崎町へ流れるのがいいですね。陸に上がって昼間から飲んでいる海人は傍からは仕事してないように見られるかもしれないけど、海の状態を見ながら明日の天気をうかがう大事な時間なんです。みんな仕事は海にかかわるもので、話題も統一性があるのでシンカ同士の団結感も生まれます。飲んでいて楽しいですよね。
―大変だったことは?
 ハーリーには東二組で出場しているのですが、僕が乗った舟は3着より上にはいったことがないんですよ(苦笑)。言い換えたら常に最下位なんです。それと、冬は寒くて、仕事やらずに帰りたくなりますよ。
―自慢は?
 潜りをやっている海人の中では一番若いと思います。大先輩でもある海人サブローおじぃにゲンナー突きで勝てたら自慢したいと思います(笑)。




>[特集]海人(うみんちゅ)「情報やいま 2006年8月号」

 


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