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トップ  >  はいの晄の八重山  >  光ばぁちゃんの昔がたり 第6話|はいの晄の八重山

光ばあちゃんの昔がたり 第6話

第6話 農業のことなど
昼は畑。夜、井戸端で月の明かりの中で12時になっても、1時になっても

 小さいときから鍬を握ってきたね。

 たしか私が小学校2年のころは、登野城校の井戸のそばに大きなグズ(デイゴ)が三つあって、それで運動場がせまかったから、私たちのころは運動会は石垣校でやりましたよ。

 その大きな木の下で遊んでいると、兄貴たちも遊んでいるでしょ、すると、

 「ピシィー」

 友だちはカナシと私を呼んだけど、家の人は私のことをピシィと言うさ。「ピシィー」とナカッチャ(次兄)が呼ぶわけさ。畑に行ってこいというわけさ。

 朝に、母が兄に、あなたは畑に、私には水を汲みなさいと言ったけど、コレがこう言い出したらもう聞くしかないさ。また、畑に行かなかったら食べるものがないし…。

 畑はウシィバルというところにあった。そこはブンニを過ぎてスズリ山を越えたところにあって、細い道を行って、ここも山、ここも山…、山の中の畑で、鳥があっちでもこっちでも鳴いて、私は小学2年生で、芋はなかなか一杯にならないし、だんだん暗くなるし…。芋を掘って帰るころには暗くなって怖かったけど、あとでは、慣れたね。

 高等科を卒業して宮古に奉公に行った。

 知ってる家の次男が宮古の池畑会社で働いていたわけ。その次男から「子守を寄こしてくれ」と言われたんでしょうね、その家のばあちゃんがやって来て、私が行くことになった。渡辺さんというヤマトの人のところ。宮古上布を買い上げて商売をしていた人。

 私の他にもうひとり、どこか宮古の田舎から出てきた私と同じくらいの男の子も奉公していた。手間賃というのもないし、借金をしてそのせいで宮古に遣わされたのかなあと思って泣けたさあ。

 1か年近くいたけど、私に1銭もくれないよ、ただ食べさせるだけで。自分たちは米を食べて、私たち奉公人ふたりには芋を食べさせる。私は学校卒業してすぐのころでしょ、食べ盛りだし、米のご飯が食べられると思って来たけど…。家にいればときどき夕食にアッコン(芋)の葉のジューシーくらいは食べられるさ。…だからもう私は、家に帰ると言って、帰ってきたわけさ。

 子守をして、子どもが寝たら芋を洗ったり…。芋を洗うのに八重山では足で踏んで洗ったけど、宮古では板を2枚交差させて打ち付けて、それで洗ったさ。足も濡らさず上等ねえと思って、八重山に帰って兄貴に作ってもらって使ってみたけど、しかしだんだん使っているうちに面倒くさくなって、あがや、足ゆ良すゆん、と思ったね。宮古では芋が少しだったから使いやすかったのかもね。ここでは多かったからよ。

 本名ヤーの畑は、火葬場(あっちはナーマって言うさ)の横の道を通ってブンニにあった。ナーマ、ブンニ、イシスク…となるさ。畑に行くときは、畑屋もあるから、そこにドング(道具)置いてあるから、ほとんど馬だけで行くけど、於茂登山にタムヌ(薪)取りに行くときは馬車で行ったさ。

 多く私が馬とか馬車とか使ったよ。ウチの人は農協に勤めて村にいることが多かったね。あの人は農業やるよりも、それよりも商売したほうがいいという頭がずーっとあったね。

 いっぺん、前盛に模合があったので行って帰ってくると、オヤジ(松助)は私のことを思って、臼に馬のハン(飯)を入れて食べさせているさ。馬のハンは芋や豆にヌカを入れてよく潰して混ぜないといけないけど、お芋は固いでしょ、それをオヤジはポッカポッカと簡単にやって馬にやったものだから、馬は臼の中では食べられないからそれを臼の外で噛むでしょ、だから、臼の端はもうみーんなグシャグシャに汚れて…。

 ウチはもう怒ってねえ。それからというもの、オヤジに馬のハンを食べさせん。

 はあー、もう。私はねえ、水を入れて、ヌカを入れて、モノを入れて、よーくタレる(練る)から、馬はもう臼に首を入れたらそのまんま。頭あげない。だから臼もそのまま米を入れてもいいくらいキレイ。

 農業? はあ、どれだけ…。私だからがなるよ。自分を誉めるというわけでもないけど、終戦後なんか、夜、寝たおぼえがない。縄を綯って夜業はするし…、でも病気もしない。これだけ、こころ張っているのに。

 干ばつしてよ、どこどこの畑にお芋があるからと言われて、だけど貰う人はコンクリからお芋とるようなもんよ。私はこのコンクリから汗流しながらお芋を取ってね、みんなに驚かれてよ。終戦後よ。

 お芋のストゥとってよ、こんなに取って、箪笥の着物は箱に入れて、ストゥを箪笥に入れて…、それで物思うりた。はい。これは誰ーがん無らん(誰もできない)。はい。

 農業してる人でコンクリからお芋掘ってきて食べる人はいないよ。人は笑うけど、「いいや、遊びうらるぬ」と言ってよ。

 夜はストゥ取るでしょ。オヤジはマラリアに罹って寝ているわけさ。昼は畑。夜、井戸端で月の明かりの中で12時になっても1時になってもストゥとるわけさ。寝たくもないさ、気が張ってるから。物成さなーかーならぬ、という気持ちがいっぱいだから。

 そしたら、ウチのばあちゃんが(長男)兄貴によ、「あがやーもう、寝びで言んきゃー寝びんさぬ、のした人ぬ体ぬあんじ持ちゃ、なーいストゥ取ぅるでどぅ居るさー」(寝なさいと言っても寝ない。あんなだと人の体がもつわけないさ。ずーっとストゥ取ってるさー)と言ってあるわけさ。

 そしたら兄貴がわらわらと来てよ、

 「からだ持つんでどぅ思いる?」

 「大丈夫」

 「のうぬ大丈夫」と言ってよ、スガルを(それにが本当の実ィは入っているんだよ)、それをバンッて…。その時の心はもう、今日まで忘れられない。もう少しで終わるところを、それを、みんな捨ててよ…。その一日、もう目ィぬ脹りーんけん泣かずにおれなかったさ。

 だけども、明日もするよまた、私は。

 兄貴は私の性質わかるから、また来るよ。そしたら今度は、実ィのあるのは隠しておいて、カラものを出しておいて…。

 「またまたまた」と言って来るさ。

 「あがやー、また今日一日の分ひっくり返して、大変!」と言ってみるけど、実ィはここにがある。失敗は一遍だけがする。

 (兄貴は)必ず来るのに。また私は必ずするのに。

 それくらいやりましたあ。

 


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