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トップ  >  はいの晄の八重山  >  光ばぁちゃんの昔がたり 第7話|はいの晄の八重山

光ばあちゃんの昔がたり 第7話

第7話 松助のこと
イヒィって笑ってよ、「いこうば(幾ら)でぃ思むや?」

 長田紀良さんの家の前の道からもうひとつ前の道が、マフタネーの4号線と言ってもいいくらいの広い道。その通りでいちばん貧乏な家が、本名家であったわけ。

 だけど屋敷はどこよりも広かった。その広い屋敷にぴょんと茅葺き家が座っただけで、それだけに余計さびしかったね。

 松助の父は、松助が生まれてすぐに死んだから、だから、母ひとり子ひとり。家庭が苦しいもんだから、気持ちが小さくなったところもあるけど…。やさしい人でしたぁ。

 学校時分は陸上の選手で、私なんかみんなで、走り終わった松助を扇いだりしてよ…。そんな時はなかなか人気もあったさ。

 ウチんちのおやじ(松助)には馬のハミ(飯)とか肥とかさせなかった。させても私がもう一度やらんといかんのに。

 雨が降るとジャカジャカするでしょ、裸足でジャカジャカした畑などに入ると、足が弱くてすぐタレる。すぐに肥負けするわけさ。貧乏人のくせによ、あの人。夕方畑から帰ってきて足洗うけど、あの人の洗い場はみんなとは別だった。肥負けなんかすると、はあ、大変よ、もう。…あんな人だった。

 商売には最初のうち私はまったく気持ちなかったね。私ひとりは畑に行ったり、田んぼに行ったり…。しかしこの人は商売が好きとみえて…。一日、村で遊んでは困ると思って、私はまた弁当を作ってもわざと畑に持っていかない。2番座のフンダ(縁側)に置いておくわけさ。弁当持ってこないと私に怒られるからね、一応、持っては来るよ。

 持って来てから「おーい、此処置くんどー、此処置くんどー」と遠くから。

 「あい、ちょっと待って。仕事があるから、おいで…」と言っても、「急ぎどぅ居る」

 あんな人だったよ。みんなに評判だった。

 「本名家ーのフッチャよ、誰ろーやかんヌッサ(遅く)来ーりて、誰ろーやかん早いしゃ帰いろーるんらー」

 「見やーみーり。今さきどぅ来ーったそんが、家ーんが帰ーるそー」

 登野城に何とかという馬喰がいてね。あの人(松助)と一番友だちだったけど、その馬喰が畑に来てね。私は鋤をもって作業してるさ。あの人は後ろから植えて来るかねーと思ったら、あっちで馬喰と話してるわけさ。私は泥投げてよ、「またまた今日も来て人遊ばしてるねー」と投げるさ。

 それからずっと後になって、選挙の時に、○○にお願いね、と言ったら、「あーい(否)、我ぬかい泥ん投げー石ん投げーせーるきー、ワヌ(あんたの)言んくむのー聞かぬ」と言って、大笑い。

 松助は農協の仕事で村にいることが多かった。農業するよりも、チャンスがあれば商売しようと思っていたでしょうね。

 商売するするって言って、どこから自転車を買ってきたのか…。「自転車何処からどぅ買うだ」と聞いたら、イヒィって笑ってよ、

 「いこーば(幾ら)でぃ思むや?」

 5百円っていったかね、あの頃の5百円っていったら大変なものだったよ。

 どこから買ってくるか知らん、カシガーを買ってきて(その時カシガーは宝だったさね)、自転車に積んで白保に売りに行く。1枚からいくら儲けるか知らんけど、みんな売ってくるわけさ。農業もしないで、と私は腹立ってばかりいたから、知らんふりしていた。

 ある日、トゥバリャーマを唄いながら畑から帰ってくると、年寄りから子どもからみんな集めて門の石垣で蓄音機を鳴らしているさ。うるさいくらい。蓄音機を聞こうと庭には人がいーっぱい集まっているさ。

 カシガーを売って儲けたので蓄音機を買ってきたんだなあと私は思っていた。あの人はこんなことが好きだったさ。

 私は裏から入り、馬車を片づけ、馬を片づけ、豚ぬ飯を食べさせに豚小屋に行ったら、豚が1匹いないさー。

 「ばあちゃん、豚ぬ出でー去りねーんすんが、豚ぬ出でー去り事、分かろーらぬ?」

 「あーい(否)、分かるんわー」

 「家に居るのに分からないねー」と怒ったわけさ。今度はオヤジ(松助)によ、「ィヤー、ぴとぅがら(1匹)居らんそんが…」と言ったら、ハハハハーと笑っているわけさ。

 「へへ…、コレと交換した」ちょ。

 その日の朝に30円で豚を売ってくれという話がある人からあって、いーや、35円でないと売らん、だったら32円、いーや35円でなかったらだめだ言っておいたわけさ。

 どこから腹が立ったか! そしてよ、

 「今よ、面白っさーれんゆ、来ーみーり、来ーみーり」ちょ。アーガヤー 怒って2、3日もの言わなかったよ。

 何日か経って、「蓄音機は30円だった? 35円?」と聞いたら、「あーい(否)、是れー交換すーだ」。あんな人だった。

 小さい車に乗って荷物を運んでいたよ。

 あの頃、今のように港湾から荷物を店まで運んでくれるんだったら、手伝いもしてくれるんだったら、あの人は死ななかったさ。

 あの時は自分で行って自分の荷物を取ってきたからね。あの人が荷物を運んだら、私は孫をおんぶしながら店の中に荷物を納めて、あの人はまた5回も6回も荷物を運搬するわけさ。それで…。

 無理してやっていたんでしょうね。あんなに暑いのに、5回くらい運んで、「番頭が来たら、これを片づけるように言いなさいね」と荷物をそのままにして家の中に入ろうとするから、「どうしたの?」と聞いたら、「疲れーどぅ居るさー」と言うから、「シャワーでもはいって休んでいたらいいさあ」と言って…

 夕飯の時に「熱ある?」と聞いたら、「いや」と言うから、ただ疲れているから寝ているだろうくらいに思っていたわけさ。この背中の孫のたんかー祝いがあさって。私たちはたんかーの準備をしているわけさ。

 その日は、たんかーのお祝いが終わるまでは座っていて、「我なーめー見ーり居らるぬがしゃーねーなーきぃ、あんたなんかは めーんめん祝いしておーりよー」(自分はもう見ていられそうにないから、あなたたちはもう少しゆっくりお祝いしてください)と言って1番座に寝に行ったわけ。

 翌日、「おーまさどぅあるさー」(気分が悪いさー)と言うから、病院に勤めていた娘が引っ張って連れていって…。病院恐やーだったからさ。そしたら3、4日で…。

 商売するために生まれてきたんでしょうねえ。最後まで一生懸命やりましたぁ。

 


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