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真謝井戸(マジャンガー)

米屋陽一(日本民話の会会員)
真謝井戸(マジャンガー)

波照間から白保にいらっしゃったのはよう、オオドマリ家、ヨネモリ家、ナカシマ家とかね、ヤラブ家とかね、いろいろな家はね、波照間からいらっしゃってんですよ。ヨネモリさんの祖先も波照間です。
白保の波照間御嶽はね、自分らは波照間でね、神さま拝んだね、御嶽がありますので、あの神さまを信じるということで、波照間御嶽っていってよ、波照間からいらっしゃった人がね、今、波照間御嶽を信じておりますよ。
 わたくしらは、もう、昔からのよう、ここの地にある真謝御嶽ですよ。この真謝御嶽の由来もありますがね。真謝井戸といってよ。
あのころはね、文化も進歩してないし、川もない、水も飲むものもない。真謝主(マージャヌシュ)という人がですね、もと沖縄からですね、首里の王さまの用で、今でいうと運転手でしょうね、あのころは車もないから、もう足なくてよ、首里の王さまをお伴してね、あちらこちらへ出張によ、真謝主という人がね、なにかいろいろ、まあ見てはいないが、聞いた話ではね、よその人がね、嫉妬して、「おれはこの首里の王さまの娘をね、妾にして、もらおうということで、これじゃあ、こんな平民がね、この王国の娘とこんなに結婚するというのは、大変なことだな」というて、島流しをしたという話もありますよ。
この真謝主はね、首里の王さまの牛と馬を養って、しょっちゅう乗って、馬で、王さまなんかいらっしゃるでしょう、あれの係であったんだが、もう白保に流されていらっしゃるときはね、この真謝井戸も明和八年の津波で、みんなもう埋まってよ、こう砂浜になっておったらしいよ。
それをカメガワというお婆ちゃんが、津波で命拾いして近くにいらっしゃったらしいよ。今の真謝井戸の、あれのそばにおってよ。この真謝主は「白保は川もない、井戸の水も、一日でも水飲まなければ生活できんから、どの辺だったか」ってゆったら、カメガワのお婆ちゃんが「この辺だった」といってよ。知らせたらよ、この真謝主はね、部落民を総出させてね、掘ったところが、あってね、掘り起こしてね、今の真謝井戸ね。そこから水を汲んでね、生活したという話が今も残っております。
それで、わたくしなんかは、この真謝御嶽はね、真謝主が白保にいらっしゃって、こんなに井戸をやってもらうしね、部落もこんなにやってもらったということで、神さまみたいにね、真謝御嶽といって信じております。
白保はね、今はね、やりません。もとはね、豊年祭とか、いろいろの、三月三日の節供とかね。そのときは、真謝井戸の水をね、持ってきてからね、この神さま仏さまに拝んであげて、やっておりました。今ごろは、もう水道がよう、ありますので、ネジ一本でもらうんだから、そういうことはしませんがね。真謝井戸はこんなに貴重な水っていってね、それで、うたにもうたわれて。
真謝井戸にうりて 水汲むるゆなご(真謝井戸に下りて 水汲む乙女)
からじくるぐると みまゆちゅらさ(髪黒々と 目眉の美しさよ)
っていってよう、ウランガー(降り井戸)に降りてね。
あのころ、もう瓶をね、五升ぐらいの瓶をね、下に行って水を汲んで頭にね、乗せて登ってくるのをね、うたったものが「真謝井戸節」っていってね、今でも残っております。


>熊谷溢夫著『美しい自然があるからみんな元気で生きられる。』
>熊谷溢夫の切り絵・ポストカード


 


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