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トップ  >  コラムちゃんぷる〜  >  八重山全般  >  薬草の思い出話|八重山コラムちゃんぷる〜

薬草の思い出話

文 前津栄信


庭の薬草には、皆、思い出深いものを持っている。
八重山の植物に詳しい前津栄信さんは、石垣市食文化部会の会長。前津さんの農園で、昔の薬草のお話をきかせてもらった。
にこやかに迎えてくれた前津さんは開口一番、まず昔の思い出を話してくれた。

病(やまい)知らずの兄弟

苧麻
甘味が砂糖の200倍ともいわれるステビア
「よく飲まされたのが、ホソバワダンです。苦かったですよ。病院が家から4キロ以上の距離でした。遠いですから、病院へ行くよりこの薬を飲まされたおかげで病(やまい)知らずでした。
庭には「ベニバナ(紅花)」を育ててまして、山形のものです。どうも、多良間島から導入されたので、タラマ花といってます。祖母が紅花を栽培し、私たちが朝早く、固くならない内に、摘まされて、それを乾燥して、常備薬として、置いておきます。(昼になると固くなるという)昔は、子どもが夏場の暑い日差しで、頭が痛くなるとこのタラマの花を煎じて飲ませると、熱が発散してひとねむり寝かされると治ったという。今思うと、なんでもよかったようですが、いつもタラマの花で煎じた茶を飲んでました。おかげで戦前、8名の兄弟は、病知らずでしたね。
祖母が、薬草を育てていました。それで病気することがない体を、維持できたと思います。ベニバナ、ヤブカンゾウ・秋のワスレナグサ、ホソバワダン、チョウメイグサ(ボタンボウフウ)などありました。ベニバナは、どこの家にもあるというのではなく、関心のない家には、ベニバナは、なかったですね。このほか、パパイヤは、果実ではなく、青いまま野菜として食べました。収穫して、皮を剥いて、肉と炒めるんです。これはどこの家にもありましたね。これも薬効があり、体によかったわけですよね。パパインという酵素があると今はいわれています。昔の人は、体験から、健康食品を知っていたのではないですか。ですから、いいものは今も、庭に残ってきていると思います。

病院が遠い

昔、病院が遠い場所では、庭の薬草を育て、それをいつでも使えるように備えて、家族の健康を守っていたのです。祖父などは、トウガラシを、よく食べていましたよ。魚を酢に漬け、自家製のしょうゆをつけて、食べてました。このなますを食べながら、酒を一合だけ飲んでいました。
今は刺身といいますが、当時はなます。魚のなますは、「いずなます」といいます。これを、自家製の醤油、これも方言でツタディといいますが、これで食べていました。醤油の絞りかすも、すくっておかずとして、昔は食べてました。

知恵がない

よく、私は気象台に務めた同級生に言って笑っているんですが、どうして気象台は莫大な金をかけて、また過去100年のデータを持ちながら、また高速コンピュータを使いながら、どうして、まだ天気予報が外れるのかと。昔は、動物の動き、植物の様子など、様々な兆候を読みとって、天気を予測した。
今、個々人はテレビ・ラジオの天気予報に依存して、それがなければまた予測ができない。昔の人に比べて、個人の能力としては知恵がなくなる傾向にあると思う。そういう意味で、自然の観察が昔の人はしっかりしていたと思います。それで自分の身の回りのことを判断をしていたわけです。今の人は、個人の能力としては昔の人に比べれば、知恵がないと言わざるを得ないと思いますね。

教育も農業も


在来種のマンゴーが植えてある
昔から、農家は自然の観察に敏感です。作物の様子をしっかりみてきた。作物は、早く生育させようと肥料をたくさんやっても、根が焼けて枯れます。逆に少なくても育ちません。作物の成育に併せて、肥料をやり、その本来持っている力を引き出して、はぐくみ育てるんです。これは教育と同じです。小学生にいくら大学の勉強を教え込ませようとしても、覚えられません。万が一覚えても、消化不良をおこすだけ。
子どもの能力の成長にあわせて、教えることは、作物と同じです。教育者は、ひとりひとりの適期をしっかり見なくてはいけません。
世界異変が起こったり、食料が来なくなった場合、今の人は混乱するでしょう。しかし、僕らは草を食べて育ったから、慌てません。
息子や孫が心配です。彼らにいうんですが、異変が起きても、生き抜けるには、自然の何が食べられるかを知らないといけないと、いって聞かせます。
私なんか、泥水を飲んだ経験もあります。それで腹はこわさなかった。ところがどうです。今の子どもは、水道の水さえ飲まない。お金でミネラルウオーターを買って飲む。どうなっているんでしょうね。マスコミの罪は重いですよ。(笑)
宣伝で踊らされる時代に来ている。これがいいと、殺到するでしょう。たらいの中に水を入れたような、そういうところがありますね。
教育でもそうです。実験観察が大事なのに、人の話だけでは人は忘れる。見たことは少しは覚える、しかし、やったことは、身に付く。小柴さんは、実験だけは甲だったというでしょう。
自分で、材料も工夫する。聞くだけではダメです。本は知識です。しかし読むだけではダメ。本当にそうかは、疑ってかかること。そして、試してみる。そうして実際にやってみれば、忘れないし、それが知恵に生かされる。今、実験観察が少なくなってきているんです。

理論的な

最近思うのですが、総合学習とは何なのか。理論的に把握しないで、ただ体験するだけで、何がわかるのか。これだけではただの遊びですよ。テレビが世の中に出たとき、ちょうど大宅壮一が「一億総白痴化」といったが、まさにそう。まさに今そうなっているでしょう。
ブラウン管の前で、それまでの暮らしの先人の知恵を学ばず、受動的になっている現代人を、見ながら大宅壮一が直感したことが、「一億総白痴化」だったのでしょうか。人が自分で判断する機会を放棄し、情報の量の多い機関にすべてゆだねてしまえば、生き方まで任せてしまうことになりそうです。まず、疑ってかかることが、学ぶ第一歩かもしれません。



 


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