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トップ  >  八重山民話  >  オヤケ・アカハチ その4|八重山民話

オヤケ・アカハチ その4

米屋陽一(日本民話の会会員)
【前回までのあらすじ】
今から五百年前の話。大浜を治めていたオヤケ・アカハチに、四箇村を治めていたナアタフージは、妹のクイツバを嫁に行かせた。アカハチはクイツバを信じ、クイツバもアカハチを信じていた。あるとき、クイツバの姉・マイツバが兄・ナアタフージのために夫・アカハチを毒薬で殺せといってきた。クイツバは、こんなによくしてくれる夫を殺すわけにはいかないと悩み続け、アカハチに打ち明けた。ナアタフージのもくろみは失敗し、崎枝のガマ(自然洞くつ)に身を隠した。そのころ首里の王様は人頭税を強め、農民の神仏への感謝の気持ちをあらわすだいじな行事・イリキヤ・アマリをやめるように求めてきた。アカハチは、首里の王様に共に反旗をひるがえすようナアタフージ、ナカマミツケ、ヒラクボカナーに働きかけたのだが…。
八重山民話「オヤケ・アカハチ その4」

 それが、川平のナカマミツケは来てね、「おっしゃるように、イリキヤ・アマリの行事をほんとうに、わしら農民はありがたいから、これだけは首里の王様もあまりにひどい」といって、「わたしも反対だ」といっておったところが、またナカマミツケも「われらがねえ、いくら反抗してね、イリキヤ・アマリをやれといってもね、王様には対抗ができんから」ということにしてよ、「当分はひかえた方がいいんじゃないか」といってよ、川平のナカマミツケは、このオヤケ・アカハチにいうたらよ、「あなたも首里の王様のかたについて、農民を苦しめるやつだ」といって、追っぱらっていってよ、名蔵湾によ、穴を掘って偽装して馬で追っかけてったところがよ、こんどはナカマミツケは穴を掘って偽装したということもわからんで、そこに行って馬もろともに掘った穴に落ちてね、そのときアカハチの家来に殺されてね。

 今でも名蔵湾によ、ケイラザキと名が残っている。

 それでね、ナアタフージは崎枝のガマに入ってよ、四箇村にも帰らんでよ、あれから西表に舟を造って漕いでいって、西表でよ、ケライケダグスクと相談してわれらでは殺されんからよう、首里の王様にいうてよう、沖縄のよ、全島のあれで殺さなければいけないからということで、ナアタフージは西表から舟にのってね、首里に行ってよ、「このオヤケ・アカハチは、あなたのイリキヤ・アマリのよ、行事でね、こんなに反対しているの、これを殺さなければ王様も大変だから」ということになったので、そいで首里の王様もいらっしゃって、宮古のナカソネトイミヤー、あれから沖縄の全部の王様、ヒラクボカナー、ケライケダグスク、また与那国の女の王様、あれから波照間の王様、みんな宮古、沖縄の人がたくらんで、この観音堂の崎にきてね、いかだを造って、松の木を削ってね、タイマツをいかだにのせてよ、何百といういかだを造って流して。

 ちょうど潮が東へ流れるとき、観音堂崎から竹富と石垣のむこうからよ、東にこのタイマツが流れたのをね、大浜のオヤケ・アカハチはね、そこで見たわけ。もう何百という、タイマツの舟がね、流れてきて沖縄中の何千という人がきとるのだから、自分はもう殺されるんだねと思ってよ。

 あれから驚いて、夜の高波だよ、あれは。オヤケ・アカハチを驚かしてよ、降参させるつもりでやったところが、オヤケ・アカハチは驚いて、どこほどの山に隠れて、殺されぬように隠れたところが、あと追いしてってね。

(続く)


>熊谷溢夫著『美しい自然があるからみんな元気で生きられる。』
>熊谷溢夫の切り絵・ポストカード

(情報やいま2000年8月号より)

 


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