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トップ  >  はいの晄の八重山  >  野底宗吉さんの昔語り 「ああ、ふるさと 下地島」 第6話・軍隊は馬鹿みたい|はいの晄の八重山

野底宗吉さんの昔語り 「ああ、ふるさと 下地島」 第6話

写真・文 はいの 晄

第6話・軍隊は馬鹿みたい

●志願して徴兵検査
 昭和11年の5月。人より1年早かったですよ、志願したからですね。19の歳、徴兵検査をしたら合格と。12年の1月10日に軍隊に行ったんです。それから支那事変に参加して、上海攻略、南京攻略から漢口攻略まで行ったです。はい。教育、納税、兵役が当時の三大義務でしたからね。
 徴兵検査は沖縄の連帯区司令部から検査官が派遣されて、(八重山)支庁と(石垣)町役場の間に公会堂というのがあって、もしかしたら検査はここでやったかなあ、憶えていませんが、その辺でやりました。あのときは下地から私ひとりだったかな。
 身長、体重、目、耳とかですね、検査官がみんな別々におったですよ。ここが済んだら今度はあっち行けと、最後は真っ裸にして調べたですよ。最後の軍医は、頭のてっぺんから足の先まで、前から横から、見下ろすのがおったです。で、これが「よし!」と言っておわりですよ。
 甲、乙が合格、丙種は補充兵ですよ。
 そして通知が来るわけです。貴方は合格したと、入営はいつだと、身体を大事にして入隊に遅れないようにと葉書にかいてある。
 甲種合格。入営する時にお祝いもしました。村で。村の広い家を借りて、一品携帯してきて、激励会みたいなものです、はい。

●ハブに咬まれて足を吊る
 そういえば、入営の前にこんなことがありましたな。
 あのころちょうど新城ではですね、秋の蚤を養っておったんです。ところが、下地で桑の葉っぱが不足したんですよ。そしたらよ、ヤーカズ(家数)から一人か二人なー集めてからに、運搬船(15馬力だったかね。焼玉エンジンで、石垣まで2時間半くらいかかったかな)でカヌカ(西表島鹿川)に桑の葉っぱを取りに行ったんですよ。そこには、いくらでもあるわけですよ。
 前の晩に雨が降っておったんです。カヌカに着いて、そのとき、私は濡れた地下足袋を履いておった。ところが太陽がぱっと照ったもんだから、地下足袋を脱いで、岩の上に干して、そこいらに桑の葉あるかと見回しておったら・・・
 ハブにやられたんですよ。運のツキですよ。足の甲をガブっと。30センチくらいの小さいハブだったですが、歩けないんですよ。痛いんですよね。みるみるうちに腫れて、痺れて歩けない。それで、艀の伝馬船に乗せられて本船の運搬船へ。それから島へ帰ってきた。それが入営1ヶ月くらい前だったはず。11月だったはず。
 うちの親父がヤイトを焼いたり瀉血をしたり、ああいったヤブ勝手があったんですよ。で、自分が知っている手当てをやってくれてですよ、1ヶ月くらいしたら治って、入営に間に合ったんです。治ってはおったが生傷になっておる。あすこでもまた検査しますからね、ここでも一番最後に見下ろすのかおって、これどうしたか、と言うもんですから、引っ掛けてからに火傷したと。それで、合格した。
 ハブの手当てはですね(上地、下地にはハブはいないですがね)、親父が瀉血して足を上に釣り上げた。腫れた部分の下のほうを紐で縛って、だんだん腫れてくるから、だんだん、最後の方は腿のほうまで縛った。毒は上にあがるらしいです。だから足はしょっちゅう上げておいた。
 20日くらいでは治ったんじゃないでしょうかね。足は吊ってばかりはおれないから、台を作って、そこに置いたりして。痛くはないが痺れていた。

●ゴム底靴でタイルの上を歩く
 熊本に行ったのは、川平の仲本というのと僕と二人だけです。入営には役場の兵事主任がついていきますからね、みんな彼らが世話して。八重山の兵事係は沖縄連隊区司令部まで、そこからまた別の人が熊本まで連れて行った。鹿児島まで船で行って、そこから汽車で熊本へ。入営したらすぐ検査。不合格者はすぐ家へ返される。
 荷物はとくに何もないです。もう、着の身着のままでもいいわけですよ。羽織袴で来た人も、これ、入営すると、小包にして自分のうちに送り返すわけです。はい。
 初めての沖縄?都会というものはあんなに違うのかと思ったのは、沖縄の山形屋(3階建てだったか)に行ったんですよ。台があって、いろんな品物を売っている。
 石垣で買ったゴム底の靴を履いていた。茶色でちょっと上品な、布製の編み上げの靴。底はゴム。こんな靴は初めて。
 ところが、このタイル張りの床の上ですね、滑りそうでですね、やっとでが歩いたですよ。田舎では裸足で歩いておるでしょ、このタイルの上の歩きにくいこと、今でも忘れない。滑りそうで、格好悪い、この台を掴んで転ばんように歩いたのを今でも思い出しますな。(笑)
 あんなにも、人間の慣れというのは怖いですな。あんなに違うんだな、と。沖縄人なんか、なんでもないように歩いている。田舎では地下足袋ぐらいは履いておったですが・・・。あれも、部隊に入ったら家へ送り返したです。

●ビンタ打たし勝負
 島にいるときは、在郷軍人が軍服着ているのを見たりして、入営するまでは、兵隊は誇りであったけど、アガヤー、戦争に行ったら、あんなアワリ(哀れ、難儀)はもう・・・。
 訓練のときはよ、殴られないというのはウソですよ。一人が悪いことしたらみんな殴るんですよ。はい。連帯責任っていって、ちょっと一人がいけないと、みんな並べ、って言ってからによ。
 いちばんおかしいのは、2列に並ばしてからビンタ打たし勝負やるんですよ。お前の向こうにおる奴ビンタ打て、と。軽くやるとですね、すぐ2年兵が飛んできて、貴様のやり方は弱いと、こんなにがやるんだと、すぐ模範示すわけですよ。ゆっくり打つわけにもいかんですよ。はい。
 私は騎兵でした。騎兵は八重山からはあんまりいないですね。馬を養ったことはないんですが、しかし馬が好きでしたから希望しました。そしたらその通り通ってしまった。しかし、騎兵みたいに難儀なものはないです。
 私の馬は尽忠号という名前だったです。雄だった。騎兵の馬は甲馬といって一番質のいい馬ですよ。輜重兵の馬は乙馬といいました。私は漢口から南京に戻って、そこで退役。軍隊に5年間いました。
 しかし、はあ、軍隊はばかみたい。



 


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