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トップ  >  はいの晄の八重山  >  野底宗吉さんの昔語り 「ああ、ふるさと 下地島」 第8話・ナツァラ採りで災難|はいの晄の八重山

野底宗吉さんの昔語り 「ああ、ふるさと 下地島」 第8話

写真・文 はいの 晄

第8話・ナツァラ採りで災難

●鹿川でナツァラ(海人草)採り
 ナツァラ(海人草)をですね、乾燥して、これを売って換金しておったです。西表島の海にたくさん生えておってですね、田んぼをやりながらですね、ナツァラを採りに行ったりしました。鹿川まで採りに行ったです。 鹿川がまたいちばんよく生えるんですよ。竹富あたりからも鹿川にナツァラを取りに来ていたですよ。はい。鹿川の落水のあたりから崎山のところまで、南側の海岸でよく生えますね。そこがわたしらの馴染みの場所。
 ナツァラは浅瀬の岩にくっついて生えているんです。足が立つくらいのところ。深いところには生えない。手でむしって、手袋もいらない。網で作ったシーブというものがあって、これにどんどん入れて、一杯になったら船に移しては、して。
 そういえば、鹿川にナツァラ採りに行って難儀したことがありましたなあ。
 船で、朝8時ごろ(下地)島を出て、お昼ごろには着いたんじゃないか。ハーリー船くらいの大きさの船。発動機はついてなくて、帆かけ船ですな。石垣から買ったとか。はい。
弁当食べて、それから(ナツァラを)船のいっぱい採った。天気が良ければ浜に広げて干すんですよね。乾かしてカシガー袋にいれるといくらでも入るから。そして、翌日もまたナツァラを採る計算。これを4、5日くらいしたら相当採れますからね。そのつもりで浜に積んであったら、一晩でみんなもっていかれた。皮肉なもので、あのときに限ってうんと生えておったんですよ。行ったその日のうちに船に満載するくらい採ったですから。

●浜での飯炊きと寝泊り
 いや、波に浚われたわけですよ。大波に。はい。夕飯炊いて食べるまでは、どうも来そうだなあというくらいでしたが…。
 夕飯? ナーメーメー(各人それぞれ)飯米もっていますからね、これを出しあって共同で炊くんですよ。鍋釜とみそ醤油などの調味料は分担して持って行く。マッチは濡れないように袋にいれて大事にしよったです。おかずは海のものたくさんありますから。タコなんか穴から手を出して、いくらでもすぐ取れるから、おつゆのおかずは心配ない。
 石を3つ立てて竈にするんですが、ところが、川の近くの水を含んだ石は火をたいて温まると爆発するんですよ。そしてですね、汁鍋なんか、吹き飛んで、この汁、もう終わりですよ。ボーンとやるんです。鍋が割れなければ幸いですが。
 もしご飯を炊いていたハガマが割れると、じゃあご飯はどういうふうに炊くか。これはですね、米を洗って、クワズイモの葉っぱとか糸芭蕉の葉とかに入れて上手に包んで、縛って、これを地面に埋めて、上から火を炊くと結構上等にご飯が炊けてですね、食べたらどうもないです。クワズイモの葉でも苦くもなんともない。試してみたらいいですよ。
 それでさっきの話ですがね、昔の村跡の下のほうの浜でテントを張っておったんですが(テントは船の帆を使ったりシートをつかったり。骨組みは、木がまわりにたくさんでしょ。紐もそこら辺のツルをつかう。マーニ〈クロツグ〉の葉などを切って敷いて、その上に筵を敷いてからに寝るわけです)、どんどん時化てくるから、危ないからあすこで泊ろうと荷物をもって岩の上にあがった。船も私らが泊るところの近くに2、3メーター上げてあるんですよ。ロープを張ってあるんですよ。ところが、ダーッと高波に被されてですね、寝てるところを。はい。

●船を波に浚われて
 3メーターほど波は上がっておったですよ。見たら、船はもう、ひと浚い。そこに何もない。…船を持って行かれて、この船の持ち主はこれを捕まえに走ろうとするんだよ。「おい、あんた何を考えているか」と。「あんたの命が危ないよ」と。私ら引き止めてですね。もう、気違いみたいになっておるんですよ。 そしたら、(船は)目の前で岩にぶち当たって、現に割らしたんです。割れた残骸を波はまた持っては行き行きしよったです。そして粉々になった。
 私らはびっしょりになって、ブルブル震えて。私ら5名だったですよ。もう船は割られても仕方ない、また波が来るかしれんから、山の、ここまではいくらなんでも波は上らないだろうという所まで行って、マーニの葉を結んで屋根を作って、下にもこれを敷いてから、毛布も何も濡れてますから絞ってからにが、そして5名の者が背中を合わせて座って…。大雨で、尻の下のマーニの葉をずるずると水が流れるのが聞こえるんですよ。
 あの時のことを考えたら今でも不思議ですが、よくまあ、みんな次第に、自然に自分の都合のいいように縮まって寝たですね。人間は自分の都合のいいように寝るもんです。
 この暴風は変な暴風で、翌日は、風はまだあるんですが、太陽が照っているんですよ。 そういえば前の日の晩、私らが震えている時に、大きな船の音がトントントンとやっていたんです。さあこの船助かるかねえと話していた。そしたら、明け方になったらこの船、音してないんですよ。とう、もうこれはやられたかも、と。行ってみたら、この船、岩に当たって割れたんでしょうね、ザーっと波に持っていかれたり打ち上げられたり、木っ端微塵ですよ。はい。

●着の身着のまま島へ帰る
 後で聞いたんですが、この大きな船の名前は生海丸といって、この船の人たちは網取の消防団が来て助けた、と。網取の人たちが言うにはですよ、ここに避難したら船は助からない、と。どんなにアンカー(錨)を入れても、底が砂だから効かないそうです。そんなことを言ってましたな。この船から魚がいっぱい流れているんですよ。船の人が、持って行けというけれども、もらっても持っていけないから何にもならんでしょ、自分の必要な分だけもらって(鍋はあったですからね)魚をンブシャーして(煮て)食べて、はい、今度はなんとかして大原まで辿ろう、と。
 鹿川湾の浜からナサマ道のところを歩いて、山を上がったり下りたり、浜沿いを歩いたり、石の上を歩いたりしてですね、やっとで大原に着いて、翌日、島に帰ったわけです。荷物は鹿川に置いたまま。次に来て取るさ、と思ったけどそのままになった。
 船の持ち主は、かわいそうですよ。上等な船だったですよ。石垣に行って、「ナツァラを捕って船代は払うから」と船を買ってからに、その船で私らは行っているんですよね。しかし行ったが最後、この船、木端微塵でしょ。これのあと始末、どういうふうになったか、…その後この人、沖縄に引き揚げたですからね。



 


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