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トップ  >  はいの晄の八重山  >  野底宗吉さんの昔語り 「ああ、ふるさと 下地島」 第11話・島の信仰と行事|はいの晄の八重山

野底宗吉さんの昔語り 「ああ、ふるさと 下地島」 第11話

写真・文 はいの 晄

第11話・島の信仰と行事

●御嶽のことなど
 島には8つのウガン(御嶽)があります。アールワン、イールワン、パンゾウワン、ナナゾウワン、ナハヤマワン、マラパイヤワン、ナースコワン、それにカンヤドルですね。
 ナースコワンは島の中心にありますよね。ここは島のウヤカミサマ(親神様)という言い伝えがありますよ。島の中心だからあんなにが言うたんじゃないですか。ホントはナカグスク(中城)だったということですが、八重山ではグスクはスクといいますから、だからナースコですね。
 アールワンの拝所の壁はですね、これ、石ですよ。この石はですね、下地島の南側の海岸にあるんです。粟石切るみたいに切ってからですね、運んできて、昭和11年ぐらいにつくったんですが、まずこの石を積んで、セメンでつかませて、その上にケタを置いたんですよ。
 私らが18くらいのときにこれを担いだですよ。シチィに漕ぐパーレー船(爬龍船)、これは村船ですからね、これを持っていって、こんな大きな木を切って船の横に両方縛っておいて、その木に石を縛り付けて北の浜まで運んだ。
 厚さ15センチくらいの石。その下は砂ですから、寸法測ってその通りに金鋸で切って、それを剥がすようにして取るんです。はい。これを担がされた。重いですよ。これ1枚、6人で担いだ。巻き縄といってよ、この石の柱をぐるぐると巻いて、これに棒を挿して、これで担ぐ。身長も計算して、6人がグー(組)になってよ。僕ら実際に担いだから、ウソは言わない、本当の話。8枚あります。
 ここの壁は昭和11年に作って、翌年の12年にイールワンのを作ったらしいですが、そのときはコンクリでつくったらしいです。
 ところで、ナナゾウワンのジュゴンの神様拝む時は掌を合わさないで開くようにするんです。広げたらが物は入るということらしいです。他の所はみんな普通に掌を合わせるんですがね。
 パイパイ(拝み)するとき、普通は5回立ったり座ったりして拝むんですが、ウフパズ(大拝)は6回目に斜め屈みして「おいでおいで」の格好を入れて、これを33回やるんです。男の人はツカサの後ろにおって拝む。
「おいでおいで」をやるのは、神様が「ああ面白いことをやっておるな」とやって来るためにがやっておるんだと、額づいて供物などを捧げて受け取ってもらうためにがやっておると私は聞いたんですよ。神様を招くんだと。
ウフパズは豊年祭、節祭、結願祭など大きな祭のときにやります。これが島の三大行事でしたね。

●シチィの爬龍船競争
 島を思うとき、思い出すのはシチィ(節祭)のことですね。昭和16年ごろから大原移住が始まったらしいが、私はそのときは戦争に行って(島に)いないが、18年ごろまで(シチィを)やったんでないですか。
 シチィのときのパーレー船(爬龍船)の旗の竿の長さは130センチくらい。船の上だからそんなに大きいのはもたないですよ。
 下地の旗頭には竿の先に長さ35センチほどの刀剣(木製)がついていますが、上地の旗は竿の先にカンプーのような黒いマゲだけがついていて、女を象徴しているんです。だから、下地は女だといわれているんです。はい。それを旗持ちが持っています。漕ぎ手以外に、旗持ち、太鼓持ちがおるわけです。
 10メートルあまりの長さの伝馬船だったですよ。20名以上乗って漕ぐんですが、私らのときは下地のほうが強かったですよ。
 この船はわざわざ石垣で作らせたですよ。はい。神船といってよ。普段も部落の特別なことがあるときは使いよったです。いつもは船屋に置いてあって、シチィになるとペンキも塗ってキレイに仕出してからにが漕ぎよったです。はい。
 衣裳は、木綿の着物をつけて、襷は袖から抜いて背中で結んで垂らしてサジ(手拭)をかぶる、これがシンドウシュウ(船長)の格好でしたよ。それから、太鼓打ちと旗突きは棒を打つ時のように風呂敷で頭を包んで、ああいう格好でした。漕ぎ手は普通の着物にサジかぶって。サジの色は特別にはなかったですな。
 サシカジ(差舵)ですからよ、船頭は立ってから、股の間に舵をおいてからやりよったです。
 オリンピックでは月桂冠を優勝者が被りますね。シチィでは、ウーニにクーズの葉のついたのを被せたんです。はい。ウーニはフナシンカ(船乗)のうちでよーく走る人ですよ。船を(浜に)着けたら決勝点まで走るのがおるんですが、これは体格のいい、よく走る人を選んでが決めました。黒島のウーニと意味はいっしょだと思うんですよ。
 前の日に、太鼓打つ人、旗突き、舵取る人、決めてやるんです。はい。

●アンツクヌフチィ
 シチィ歌、大変好きでしたから、17、18歳のころから、帳面に写してもっておったですよ。上手な人をアンツクヌフチィと言って、アンツクの口はどれだけでも伸びる、たくさんの歌を知っているということですが、アンツクノフチィの人が歌うと、みんなが復唱するんです。「きゆがぴばむとぅばし…」とうたうと、みんなが復唱する。
 先輩たちのなかでも2、3名しかアンツクヌフチィはいなかったですよ。これだけの歌詞をみんな覚えている人はいないですよ。ひとつの歌詞を覚えている人も何人とがおったですから。はい。
 シチィのときのユークイ(世乞い)・巻き踊りの歌は家ごとに違う。この家にはこの家の歌、私のうちは何の歌を歌ってくれれということもあった。ウミウガン(海御嶽)のチカサ(神司)ならそれようの歌があるわけですよ。ザンをとる歌。カンマンガー(男の神役)の家もそう。
 歌の終わりは必ず「ユワナウレ」でしたね。それでが納めるんですよ。「キユガピ」なんかはウフチカサ(大神司)の家でがやったですね。「きゆがぴばむとぅばし、くがにひばむとぅばし…」と。ウフチカサはアールウガンとイールウガンのチカサ。
 シチ歌にインツキャーヌカナモリというのがあるでしょ。そのインツキャーとは何か。これを、ヤマシシを捕る人がインツキャーとNさんは言った。犬使いと。しかし、下地ではですね、特殊な人間、海千山千、なんでもできる万能家、なんでも知っているという人にがインツキャーピトゥ(人)と言うたらしいですよ。
 もちろんヤマシシ捕る人にもインツキャーピトゥといったですよ。しかし私は、どうもそうではなくて、下地で言うていた何でもできる特殊な人間のことだと思うておるんです。はい。



 


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