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川面に映える少女たち

文=通事孝作
川面に映える少女たち

学校の授業を終え、帰宅した子どもたちに、多くの手伝いが待っていた。主なものを上げると芋掘りや薪拾い、牛・馬・山羊などの飼料の草刈り、甘水汲み、子守り、ランプの火屋(ル・ほや)の掃除である。おのずからこれは男の子、あれは女の子と役割の分担はあっても、そんなことにおかまいなく手伝っていたが、洗濯は男の子の触れることのない、女の子だけの領域であった。
 洗濯は自分のうちの井戸でやることもあったが、せんたくものの量が多いと川にいった、と古見ナエさん(七三)はいう。井戸のない家もある。そんな女の子たちがせんたくもの、せんたく板、アデカ石鹸などの入ったたらいを頭の上に乗せて向かう先は、久部良では前西原家の左手前にあった「カー」(井戸)であり、田本家のうしろの「ガマ」であり、比川では、現在のドクター・コトー診療所のセットの向かって左隣の「アンダカラティ」であった。カラティとは、せせらぎのことである。
 祖納では、田原川の流域が中心で、上流のカンタブル、流れが嶋仲へ向きをかえるあたりのアチタブル、嶋仲橋の東側、そしてもうひとつ、新里和男氏方の前にあった。松原ハツエさん(六二)も、ここを利用した一人だ。彼女たちは、嶋仲橋のあたりを「ウイぬミトゥ」と呼んで、最も下流の自分たちの場所と区別していた。洗濯しながらの話題は「薪は良くとれた?」など、やはり手伝いのこと。比川の「アンダカラティ」が洗濯場所だった稲藏えみさん(五四)は、洗濯のあと、女の子たちがうしろの山から土を掘り、髪を洗った、とふり返る。
 ことし九一歳の池間苗さんは、もっと時代をさかのぼって近くから赤土をンブグチ(土掘り)で掘り、ビンダライ(洗面器)に入れて川の水を入れ、手でよくもんで、とろみが出たら赤土の粕を取り捨てて髪をもみ洗いします。よく洗ったら川に入り、水遊びしながら髪をよく濯(ル・すす)ぎ洗いしました。そのあと、髪洗い場の赤土の汚れを、ビンダライで川の水をすくい、洗い流します。髪洗いで汚した所は綺麗に洗わないと、髪の毛がよくならないよ、と教えられました。
 八〇年以上も前の昭和初期の、田原川流域での女の子たちも、そうだったのである。


 


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