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ハーリーのはじまり その一

文 切り絵/熊谷溢夫
ハーリーのはじまり その一

 昔、ある学者のところに、よくできたふたりの弟子がいました。
 ひとりは先生の後を継いで学者になりました。もうひとりは役人になりました。役人になった弟子は、いつまでも自分にあれこれと意見をする先生をじゃまにして、那覇からは遠い、八重山に島流しにしてしまいました。
 その後、唐の国から役人が来ることになり、とても大事な文書を作らなくてはならなくなったのですが、それができるのは島流しにした先生しかいません。そこで仕方なく先生を呼び戻すことにしました。
 那覇ではみんなが「あの人が帰って来てくれて、これで沖縄もよくなるだろう」といって喜びあいました。
 ところが、文書を作る仕事が終わると、役人は「さて、これであんたの仕事は終わりだ。また八重山に戻ってもらおうか」といって先生を船に乗せてしまいました。
 先生を乗せた船が沖に出たところで「あっ、これで私のやることも人生も終いだ」と嘆いた先生は船から海に身をなげてしまいました。
 那覇の港でそれを見ていた人々は「それ、先生を救え」と叫んで大急ぎでサバニを走らせましたが、もう間に合いませんでした。
 そして、次の年になると、那覇の人々は「あの先生のことは忘れてはならない」といって海にサバニを出して、力のかぎり漕ぎました。それからは毎年同じ日になると、サバニ漕ぎ出すのが習わしとなりました。これがハーリーのはじまりだというお話があります。


>熊谷溢夫著『美しい自然があるからみんな元気で生きられる。』
>熊谷溢夫の切り絵・ポストカード


 


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