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台湾のネコ村を歩く 雨の炭鉱跡で出会った”台湾“

文・写真 = 松田良孝


売り出し中の観光地

  2月初旬の台湾。朝からずっと雨。冷えて、息も白くなっていた。
 でも、せっかくだから、歩けるだけ歩いてやろうと、炭鉱の跡が集まっている北部のエリアを回っていた。西表島に残る炭鉱跡と台湾の炭鉱跡がどんなふうに違うのか見てみたかったのだ。
 そこで偶然行き当たったのが、猫たちがたくさんいるエリア。名前はズバリ、「猫村」。
 どんな猫たちに会えるかな?
 ネコ好きの私は、寒さに丸めていた背をすっと伸ばしてみた。
 侯 (ホウドン)という、各駅停車しか停まらない地味な駅の北側に、この「猫村」はある。でも、今回の目的は炭鉱跡。「猫村」とは反対側の出口から行かなければならない。
 猫には会えないのかなと、思いきや、いるではないか、ネコちゃんが。駅構内にある木製のベンチに、足を揃えてチョコン。濡れないところにいるんだね、と声を掛けたくなる。
 その雨のところを、私は表に出ていく。
 でも、である。雨に濡れてもヘーキなネコだってちゃんといる。走るのと、歩くのの間ぐらいの足運びで、広場を横切ったりしていた。傘を少し上げて、見送る。
 侯 は、猫村と、日本統治時代に開発された炭鉱跡を売り物にして観光化を図っている。雨なのに、なかなかの人出。台北駅から1時間足らずという適度な距離感もいいのかもしれない。
 帰国後、石垣島の書店で台湾の観光ガイドを覗いてみても、この街のことはちょっとしか出ていなかった。台湾で買ったガイドブックでも、紹介はわずかである。猫好きの間では人気が高まりつつあるようだが、周囲には、炭鉱跡や滝、昔ながらの古い街並みで知られる知名度の高い行楽地があり、侯 は、まだ肩を並べられずにいる。
 観光案内所に入ってみた。パンフレットの棚には、中国語以外に、英語など欧米の言葉で書かれたもの、それに日本語のもあった。1枚取ってみると、案内所の職員が「日本からですか」と日本語で尋ねてくる。さらに日本語で「ネコムラですか?」と来た。
(いや。猫ではなく、炭鉱跡なのです)。心の中でそう言いながら、首を振る私。
 炭鉱の名は「猴 炭鉱」。駅名と炭鉱名の漢字がビミョーに違う。
「侯 」と「猴 」。
どちらも「ホウドン」と読み、イントネーションも一緒。意味は、「侯」が「高位高官の人」で、「猴」は「猿」。「猴 」は「猿の洞穴」だ。
 でも、だからって、漢字が違っていることを説明したことにはならない。
なんで違うの?
 日本語版パンフが疑問に答えてくれた。
「1964年4月1日、猴 の2文字は美しくないとの理由から、駅名を侯 に改めました」。
 ほっとしたのは、猿の存在が疎んじられているわけではなかったこと。炭鉱の説明版には、キャラ化した猿がちゃんとあしらってあった。



高校生に席を譲られる

 炭鉱跡を訪れる前日、私は知り合いの台湾人姉妹に台北市内で会った。2003年3月に八重山商工高校を卒業した姉の胡蓉さん(28)と妹の胡珊さん(27)である。
 2人は台北近郊の出身。中学校卒業後、祖母の知人を頼って石垣島に渡り、名蔵小中学校で日本語を覚えたあと、八重山商工高校を受験。現在は2人とも台湾で暮らす。
 蓉さんは昨年12月28日に初めて出産。夫とは、液晶ディスプレイの部品工場で知り合った。今は育休中だが、蓉さんは在勤中には日本の取引先と日本語で頻繁にやりとりしていたという。「最近は日本語を全然使わないから、下手になったよ」と、日本語で言う。
 珊さんは自宅から台北市中心部の勤め先に通う毎日だ。日本の地方自治体や大型レジャー施設から依頼を受けて台湾向けにPRしたり、日本映画のスポット映像を台湾向けに翻訳したりしている。
 2人とも日本語を台湾での暮らしに役立てているが、珊さんは「日本語だけではだめ。3つぐらい言葉ができないと」と言う。言葉を売りにして仕事を探すなら、中国語と日本語、そしてさらにもう1つ、というわけだ。
「日本語だけでは、だめ」という言葉に、炭鉱跡と「猫村」で売り出しを図っている小さな観光地で手にした日本語版パンフや日本語で話し掛けてくる職員の姿をかけ合わせてみると、台湾では日本語というものが特別な存在ではないと感じる。
 それはつまり、台湾は親日的だから?
 そう言ってしまえば、そうなのかもしれないが、手近なところにある結論に跳び付いたみたいで、私には座りが悪い。
 なんでだろう?
 そこにひらめきを与えたのは、炭鉱見学を終えてホテルに戻る列車のなかでの出来事だった。
 それは、車内で席を譲られるという体験である。私の人生で初めてのことだ。
 吊り革につかまって立っていると、腰の当たりをパンパンッとテンポよくはたかれ、振り向くと、背の高い高校生。身ぶりで「こっちに座れ」と言っている。ぶっきらぼう、かつ無愛想なところが、かえって“いい味”になっている。
 雨の中を朝から晩までうろついてきた私は、よれよれになっていたのだろう。だから席を譲られたのだろうが、台湾では人に席を譲ることが当たり前に行われているという事実を忘れてはいけない。
 この高校生が「この人(=筆者)を座らせてやらなきゃ」と思い、猴 (侯 )の人たちは「日本から来た人が困らないようにしてあげなくちゃ」と考えていたのか。
 気持ちをすぐに形にする台湾の人たちの親切心は、猫たちの姿と相まって、私の記憶に「猴 (侯 )」という地名を刻むことに成功したわけだ。

松田良孝プロフィール
八重山毎日新聞記者。『八重山の台湾人』(2004年/南山舎)で第25回沖縄タイムス出版文化賞(正賞)を受賞。『台湾疎開』(2010年/南山舎)は、新聞労連第14回ジャーナリスト大賞を受賞した『八重山毎日新聞』の連載記事「生還ひもじくて “八重山難民”の証言」を単行本化したもの。


 


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