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あやばねの奇跡

流杉 一行
八重山コラム「あやばねの奇跡」

突然の煙

 1997年8月12日午前9時、西表島船浦港を出港したダイビングボート・ねくとん号(16トン)は、客18名スタッフ5名を乗せて、船浮湾へ向けいつもの落ち着いたエンジン音を響かせた。目前に現れる海の美しさは、ダイバーの心をかき立て、乗客にはボートからのダイビングが待ち遠しかった。
 出港から1時間ほどたって外離島に近づいた時、突如、船のスピードが落ちた。すぐに不審に思ったスタッフが後部エンジンルームへ向かう。少し急いだのは、エンジンルームから煙が漏れるのが見えたからだ。
 エンジンルームのドアに手がかけられた。

奇跡的な救難

 灯台見回り船「あやばね」と乗務員13名は、西表島周辺灯台で保守点検を実施。一晩サバ崎沖に停泊。明くる8月12日、午前9時石垣港へ向け出港した。その1時間15分後のことだった。
 薄青い空にイカが墨を吐くように黒煙が噴出したのを見た。と、同時に黒煙下の船から火が見えた。
 激しく黒煙が渦巻いたのは、エンジンルームのドアをあけたその時だった。酸素を得た炎は、黒い龍のごとき黒煙を天に吹き上げた。黒煙は容赦なく船に踊り、船内はパニックとなった。スタッフは2本の消火器で奮戦する。勢いはおとろえない。このとき、スタッフの高橋真樹さんは、勢いのすごさから一瞬、爆発も予感したという。だが、消火の手は止められない。黒煙は猛烈に激しくなり、黒煙に巻かれそうで、息をするのがやっとだった。
 「右前方に火災船発見。これより消火に向かう。消火部署はそれにつけ」
 船橋からの当直の声にあやばね乗務員全員が右前方を見た。1800メートル先で激しく黒煙をあげるボートを見て、永本英二船長は一瞬迷った、ガソリンポンプでの消火体制に入る前に、船が接舷できてしまう。黒煙の勢いはすさまじかった。船から人が手を振り救援を求めている。人が多い。乗客が多いのだ。しかも子どもも見える。助けなくては。すでにアナウンスを聞いて、乗務員は反射的に動いていた。甲板には12基の消火器が並べられていた。
 この時ねくとん号のスタッフは、目前の炎と黒煙を消すこと以外は何も考えていなかった。激しく吹き出る黒煙は、強化プラスティックFRPが燃えているからだ。ねくとん号の笠井船長はすでに船の方向を風上にむけ、乗客に煙がこないように操った。スタッフ5名は消火器2本が終わると無我夢中で水をかけた。
 永本船長は既に決断していた。発見してから5分でねくとん号に接舷すると、すぐに乗客の救難と初期消火に同時着手した。
 偶然が幸いした。あやばねとねくとん号の舷の高さに差が少なく、波もなかった。乗客は難なくあやばねに乗り移ることができた。黒煙の勢いは激しく、接舷したあやばねにも黒煙は容赦なかった。乗客を救出した乗務員がすぐさま消火活動に加勢したことで、消火は3分で済んだ。計8分でのあっと言う間の沈火だ。乗客乗員全員無事。
 もし、この時、エンジンルームの炎がねくとん号の燃料タンクに引火したなら、間違いなく大惨事になった。外離島までは速い船でも石垣港からは1時間半かかる海域だ。消火器による初期消火で失敗した時は、もう一度、あやばね船内に戻ってガソリンポンプの体制をつくらなくてはならない。偶然が重なって奇跡的な救出を生んだのだ。

原因は金属疲労

 現場検証では、エンジンへ油を送る圧力噴出管の金属疲労が原因と判明。船の整備点検に問題はなかった。金属疲労は目での確認は難しい。この希有な事故以来、スタッフの点検は項目リストを作って、なお念入りになった。

地味な能力

 「あやばね」は復帰の年に就役。宮古・八重山の海に灯る航路標識の保守点検をする職員を運んだ。この船は能力も地味だった。速力は10ノット。入り組んだサンゴ礁の航行用に喫水は浅い。波に揺られやすく速力もないのだ。灯台を見回る為だけの能力で、38万3300キロ、地球9周半を黙々と航行し、2万4320基の標識を見回った。
 2000年2月24日午前11時、石垣港の解役式には式典を見守る1人の元海上保安官、藤野正雄(70)さんがいた。「あやばねは、造船直後の写真一枚しか記録にないのです。最後の姿に花を添えてやろうと横須賀からきました」
 式典では、石垣市長と竹富町長が挨拶し地道な業務への労をねぎらい、感謝状が八重山広域圏と八重山漁協から贈られた。藤野さんは地域に大切に扱われたことに感激した。

八重山の魚礁に

 「売れずにスクラップされるなら、魚礁として八重山の海に沈めてやりたいですね」そうつぶやいたのは、3年振りにあやばねに再会した高橋さんだ。4月以降入札にかけられるのだ。
 現在、八重山ダイビング協会や少数の人の間で、魚礁として八重山の海に沈めてあげたいという声が出てきている。
 八重山舞踊「鷲の鳥」にある「あやぱには、生(ま)らしょうり」の歌詞にちなんでつけられた「あやばね」。27年間八重山の海の安全を守った灯台守の船だ。マリンレジャーに沸く八重山でもある。今年、この一代目「あやばね」を八重山の海に眠らせられたなら、21世紀へ向けた、最高の座開きになるのではないか。


(情報やいま2000年4月号より)

 


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