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与那国と台湾花蓮の新たな出会い

文=米城惠
金をかせぐカイコ

 「与那国町と花蓮市は古来の友好交流を基礎の上に両地と両住民の親善友好関係をさらに発展させるために双方は一致して姉妹都市締結に同意する」
 このように始まる与那国町と台湾花蓮市との姉妹都市締結盟約が調印されたのは昭和五七(一九八二)年十月八日である。
 花蓮市は、与那国の人々が戦前、「カレンコー」(花蓮港)と呼んでいた東海岸の港町である。
 文中にある「古来の友好交流」とは、古代のことはともかく、具体的には、一八九四(明治二七)年に勃発した日清戦争によって台湾が清国から日本に割譲されて以後の、台湾と与那国の近代の交流の動きを指す。
 詳説はできないが、「国境」が消失してからの、与那国と台湾のあいだを結んだ人・物・情報の流れの華やかなイメージは、双方の人々の胸に強く刻まれていた。
 方治(ファン・ツウ)・中琉文化経済協会理事長を団長とする花蓮市の姉妹都市締結記念団は、フェリー飛龍で石垣に渡り、この日、十月八日、南西航空「ぎんばと」で与那国空港に到着した。痩身鶴のごとく、気品ある方治氏は、温和な微笑をたたえながら姉妹都市締結までこぎつけた訪問の喜びを述べた。一行は空港前で児童生徒の鼓笛隊の歓迎を受け、ただちに調印式会場に向かった。会場の与那国中学校体育館前でも祖納、比川、嶋仲の旗頭を揃え、ンヌン、笛の伴奏でガッサイ、歓迎ムードは盛り上がる。
 姉妹都市締結盟約は、こう続く。
「両市町は積極的に経済、貿易、文化、産業、教育等の交流をおしすすめ両市町の繁栄をはかり、両地人民の世々の代に亘る親善友好のため積極的に貢献することを確認する」
 会場で調印式の推移を見守っていた外間君子さん(七〇)は「あんな大きな島から、こんな小さな島に人々がお見えになって、まるで国同士のような調印式が行われた。誇りに思いました」とふり返る。君子さんは、当時の外間守之・与那国町長夫人である。与那国、花蓮の新しい交流史のページをひらいた夫は平成二一(二〇〇九)年五月二七日、七四歳で亡くなったが、与那国、花蓮のあいだがらは、ことし三〇周年の節目を迎えた。昨年九月一七日、五人のスイマーがリレーで与那国の久部良ナーマ浜から一四〇キロメートル先の蘇澳豆腐岬ビーチめざして泳ぐ「日台黒潮泳断チャレンジ2011」が行われ、『謝々台湾! がんばろう日本!』という東北三県知事のメッセージを贈ったのにこたえ、今年四月二九日には、花連市の交流団七三人が「水上摩托車」(水上オートバイ)三五台と伴走船一艇でナーマ浜に上陸した。洋上一五〇キロの横断である。
 与那国では締結記念の十月に合わせ、「友好親善交流団」の派遣を予定している。

一九八二年十月八日、陳清水(チェン・チン・スイ)花蓮市長と外間守之・与那国町長(向かって左から)は、姉妹都市締結盟約に署名した。後列は呂秀珍・花蓮市民代表会主席、長浜一男・与那国町議会議長、金城信浩・与那国町助役=与那国中学校体育館


 


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