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舟漕ぎ儀式のある波照間のシィシィン(節祭)

文=通事孝作
舟漕ぎ儀式のある波照間のシィシィン(節祭)

 八重山のシツ(節祭)は伝統的な農耕暦に基づいて行われる年替わりの年中行事を指す。だが、集落によっては近代以降、生業形態や生活様式などの変化により、多くの地域で姿を消してきた。そうしたなかで、石垣島の川平がマユンガナシとして、西表島の祖納・干立(国の重要無形民俗文化財)、そして船浮、新城島、波照間島では舟漕ぎ儀式のある祭祀として、今までも行われている。
 波照間島のシィシィン(節祭)は戊戌(つちのえ・いぬ)または己亥(つちのと・い)から四日間、行われる。その間、畑地を耕してならず、畑仕事は休む。
 祭りの初日は、その家が所属している御嶽の聖なる井戸から汲んだ水でブザシィケー(床の間)の用具を洗い、花入れに新しいススキの葉をいける。香炉には新しい灰を入れるなど、徹底した掃除が施され洗い磨かれる。「新たに生まれ変わった」ことを確かめる。
 二日目はミザーミルピィン(水浴びる日)で、大人も子供も御嶽の井戸から汲んだ聖なるバガミジィ(若水)で体を洗い、家をきれいに掃き清め、イバツ(おにぎり)三個をブザシィケー(床の間)の飾り、祖先にお供えしてから食べる。
 三日目は祝祭のクライマックスでユーニゲー(世願い)と称され、舟漕ぎの行事がある。三隻の舟が参加し、それぞれ旗持ちの保多盛(冨嘉)、親盛(前、名石)東迎(北、南)に指揮された漕ぎ手が乗り込む。漕ぎ手は(一五歳〜五〇歳)フダニンの中から選ばれ、ブナバリという所から取った、海浜の植物(カヤブルマミ)を持って御嶽に持参。そして、それを頭や腰に巻きつけ、さらにスパー(鉢巻)を締め、舟の艫とオモテにもつける。
 漕ぎ手はシィシィンを行う浜に集まり、簡単な儀式をした後、舟を海に浮かべ、浜と沖との間を九回の往復をする。その後、イナマの浜まで漕いで行く。浜の小高い丘ではイナマの神司の指示のもと、島の役員らがすでに集まっていて、三隻の舟の競漕を見守っている。ここでも再度、決まった海点までの往復を九回繰り返す。想定されているのは海の向こうからユー(祝福)を持ち帰ることである。  
 四日目は「デー」と称して、各家庭でイバツを三個お供えして祈願する。
 このような儀式は昭和四〇年代後半〜五〇年代まで行われた。かつては小丘でシィシィンを眺め、舟漕ぎに胸を躍らせたものである。しかし、今ではイナマの浜は港湾整備事業で砂浜がなくなり、寂しいものになった。また、舟漕ぎに使用した木造舟(カツオ漁船の小舟)はプレジャーボートに様変わりした。それに、舟漕ぎは手漕ぎではなく、エンジン付きで行われ、往時とは大きく変わってしまった。
 しかし、平成二三年九月、シィシィンで使われる昔ながらのサバニが新たに進水した。関係者の長年の努力の賜物である。儀式は往年の櫂で漕ぐ形が再現され、神事が復活した。


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