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トップ  >  コラムちゃんぷる〜  >  八重山全般  >  八重山芸能への招待 神遊びの手|八重山コラムちゃんぷる〜

八重山芸能への招待 神遊びの手

文=飯田泰彦

 八重山芸能を語るとき、「祭祀芸能」「奉納芸能」という言葉は、重要なキーワードである。神との緊張関係から生まれる所作には、素朴にすぎる感はあるが、舞踊への傾斜がうかがわれる。祭りの場での歌や踊りは、神への供物であり、神遊びを意味している。
 八重山舞踊には、神を拝み、神を招き、神より世果報を頂く手ぶりが随所に見られる。この「拝み手」「招き手」「戴み手」は、八重山舞踊の基本をなすものであろう。ここでいう手とはいわゆる型を表し、これらは祭祀における所作とつながっていることを物語っている。
 ところで、首里王府が編集した神歌集『おもろさうし』の巻九は「いろいろのあすびおもろ御さうし」の表題が付されている。35首中28の歌詞に舞踊の手が書き入れられ、祭祀舞踊の古態をうかがわせる。なかには「綾手 まめがすな 奇せ手 まめがすな」(美しい手を間違えるな)という歌詞もあり、ここでは群舞の手が揃うことを求めている。このことは舞踊の固定化と同時に、舞踊が鑑賞される対象に踏み出したとも解釈できる。このような展開は八重山舞踊でも考えられることだ。
 また、沖縄北部の伊江島には、ノロ(神女)の伝える「七の御手」と呼ばれる手がある。これは神祭りにおける7つの所作のことで、「手折り」「手うゆき」「弓張」「しぎ取り」「袖振」「袖戴」「袖取り」といった名称が残っている。これらが型として伝承されているところに舞踊への流れをみるのである。同様の神遊びの手は、七の御手のように命名こそされてはいないが、八重山各地でも存在するにちがいない。
 例えば、字平得の種子取祭で、神役一行は早朝の多田浜での儀礼を終え、隊列を組んで村入りする。 そのときの神チィカサの出で立ちは、神巾(ハマカズラの草冠)を頭にのせ、白朝衣の裾を端折った道行のスタイルである。先頭の神チィカサは種子籠を捧げ持ち、一歩一歩静かに足を運ぶ。それに続く神役は、両掌を上にゆっくり弧を描きながら、左右に差し出すような所作を繰り返し、歩みを進める。
 この両掌を左右に差し出す所作は、各地の祭祀において、ミシャグパーシィ(御神酒囃子)儀礼に、歌謡を伴った動作として顕著である。給仕はバダシィ(注ぎ口付き木製の器)や膳を両手に捧げ持ち、ゆっくり弧を描きながら、左右に差し出すような所作を繰り返す。献進を受ける者は、給仕の差し出す方向と反対になるように、掌を上にして差し出すのである。
 ほかにも広く八重山の祭りを見渡したとき、これに似た所作をいたるところで見ることができる。この神さびた所作は抽象的ではあるが、多くが厳粛な祭祀の場面で表出されることから、ひとまず神への敬意や、神と相対する緊張感を表わす基本動作と理解しておきたい。
 神を迎え、それを心から歓迎してもてなす所作は、やがて役人や客人をもてなす表現へと変容してゆく。神が役人や客人に置き換えられたものが与那国島の舞踊「ミティ唄」ではないだろうか。また、尊い初穂を捧げ出すような舞踊「仲良田節」や、大切な農具を扱う舞踊などにも、小道具を伴った同様の所作がみられる。
 このように神遊びの手は、意味合いも多様化しながら、現行の八重山舞踊にもとり入れられている。現在、八重山芸能は舞台芸術をはじめ、余興・娯楽も含め、多彩な展開をみせている。そこには芸能の発生・展開の歴史を想起させる豊かさがある。


 


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