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若衆踊の華やぎ

文=飯田泰彦

 琉球王国時代、中華思想を背景に、中国皇帝が琉球国王を承認し称号を与えるという関係が成り立っていた。王府最大の外交事業は、琉球国王の交代にあたり、中国からの冠船を歓迎することであった。冠船とは中国皇帝の下賜する皮弁冠をもたらす使者(冊封使)を乗せた船のこと。王府は国を挙げて冊封使を芸能で歓待したのである。この演出や舞踊の型が今日の琉球芸能の規範となっているのである。
 冠船芸能の流れを振り返ると、元服(成人)前の少年による若衆踊から、女形による女踊へと移行している。だからなのか、現在、琉球舞踊で古典的な若衆踊といえば、「特牛節」「四季口説」しか思い当たらない。それとは対照的に、八重山各地の祭祀では、現在も多彩な若衆踊がみられる。
 額に請けるマイダティ(前立て)は、若衆を象徴しているのだろうか、前髪をそろえた少年の姿をほうふつさせ、ビンタ(付鬢髪)はキリリと輪郭を引き締めている。また、髪飾りは琉舞に比較しておおむね装飾性が強く、それゆえ女の子に見紛うような幻惑も覚える。そして緋色を基調とした衣裳の華やかさは祝儀にふさわしい。打ち掛けた陣羽織風のスズカケにもさわやかな凛々しさがある。何よりバラエティに富んだ小道具は八重山の若衆踊の豊かさだ。
 若衆の若々しい生命力にあやかった芸態は祭祀世界にも適うところである。また、「分類されたカテゴリー間の中間的な領域は神秘性・宗教性を帯びやすい」という説もあるように、大人でもなく子供でもなく、かつ中性的な出で立ちには神秘的な力が宿っているようだ。若衆役はその曖昧さにより神聖視されているのではないだろうか。
 琉球舞踊の世界で失われた若衆踊が、これほど八重山各地に残っているのはどうしてだろうか。それは初期冠船芸能の地方への波及が中央から遠い八重山で定着したとも考えられる。また島の共同体においては、若衆にあたる世代が自ずと存在し、その担う役割の大きさも理由の一つであろう。
 ところで、波照間島の旧盆行事にムシャーマがある。『波照間島のムシャーマ』(1982年、波照間島民俗芸能保存会)には、「波照間島で生まれ育った者はその成長過程でムシャーマの行列や中庭、舞台の演目のなかからそれぞれの年代にふさわしい演目をやり、そのムシャーマとともに成長してきた」とある。幼いころは、ミルクンタマ(弥勒の子供)役で《弥勒節》にあわせて歩き、その後は行列で踊るようになる。それゆえ自らの成長とムシャーマの行列を、無意識に重ねてしまうのだろう。
 それぞれの成長過程にふさわしい演目を受け持って演じるところに共同体の育んだ芸能の特徴が見いだせる。祭祀や芸能のみならず、生活のあらゆる場面に、各世代が担うスクブン(職分、役割)がある。成人を前にした少年にとって舞台を踏むことは大きな試練であり、誇りであったことだろう。それだけに若衆踊の華やぎは共同体の活気をはかるバロメーターとなったのではないか。
 若衆踊は沖縄芸能の彩の一つである。八重山の若衆踊が沖縄芸能に何らかの可能性を示唆することは間違いない。そのとき若衆踊の様式をしっかり理解する必要が生まれてくる。
 その理解を助ける作品に新城知子氏が構成した舞踊「いらさにしゃ」があり、アトリエ游の舞台で何度か観たことがある。これは節歌《赤馬節》《しゅうら節》にのって、女役と若衆役が並んで踊る作品である。それだけに役柄に応じた所作の差異が際立ち、思わず「ナルホド」と納得するのである。
 若衆踊は宮廷の公式行事から解放されたとはいえ、踊手の内面に喜びを湛えながら、凛々しく溌剌と踊る様式・技法を追求しなければならない。

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