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狂言の可能性

文=飯田泰彦

 八重山で狂言は祭祀や祝儀の場で演じられてきた。狂言は八重山で広くキョンギンと呼称されるが、キョーという長音が撥音化して、キョンギンと転訛した。尚、波照間島ではコンギー、与那国島ではキングイなど、地域により転訛のしかたも異なっている。
 矢野輝雄氏は沖縄芸能史において、狂言という言葉が時代と地域に応じて「能狂言」「組踊」「滑稽狂言」「演劇一般」「地狂言」と、様々な意味に使用されてきたことを述べている。
 そして、八重山の狂言について、「神事に結びつく厳粛なものと、そうでない滑稽を主としたものとがあり、歌謡以外の語り物やセリフなどが狂言として把握され、文学的にも独自のジャンルを形成している」と説明する(「沖縄の狂言」『組踊を聴く』)。特に「厳粛なもの」を「例狂言」、「滑稽を主とした」狂言を「笑し狂言」と呼んでいる。前者は祭礼において、奉納芸能の核として意図的に仕組まれ、儀礼的な役割を果たしている。
「始番狂言」「一番狂言」と呼ばれる演目形態は、県内各地の村踊りの幕開けに演じられる、「長者の大主」系の芸能に位置づけられる。その台詞は主に祝言や願口に通じる内容だが、なかには与那国島西公民館の狂言「ウブンダー」の「粟くぅるばし/上原ぬ猫ぬ尻尾んに/がんまいがんまい/出来り出来りでぃぬ/願いぬつぁり」(粟を作っても上原の猫の尻尾のように実らせて下さいとの願いです)のように、笑いの要素がうかがえるものもある。
 さらに矢野氏は、八重山の狂言が「かつて沖縄本島で行われたような多彩な地狂言から、本島の大和狂言の影響を受けて作られた滑稽狂言、あるいは組踊や歌舞伎などの商業演劇の影響を受けて作られた狂言まで、狂言と名のつく芸能の種々相を展開している」と指摘する。このことは竹富島種子取祭で奉納される狂言の数々をみただけでも感じることだろう。
 これら多彩な狂言の個々に注目し、内容や来歴を比較検討することで、沖縄芸能史が新たに開かれるのではないか。「蛸取り狂言」「芋掘り狂言」などのように地域を隔てて同名異曲の演目があったり、「鍛冶工狂言」など同根の狂言であっても島々村々によって独自に展開したものも少なくない。同じ素材を扱っていてもやはり地域の嗜好が表れるのである。狂言に注目することで、芸能史の展開が具体的に浮き上がってくる可能性も大きい。
 まだ記録されていない多数の演目がある。その理由には、多くの場合、狂言が台本を持たず口立てで伝承されてきたことが挙げられる。それだけに演者の力量によって出来が左右されるといった課題も生じている。
幸い、例狂言は祭祀の場で毎年繰り返し演じられ、祭祀自体が狂言の再生装置となっている。笑し狂言は、方言のわからない世代が現れて衰退しているのが現状である。笑し狂言は笑いを主眼とする台詞劇である。それだけに台詞の言葉がわからなければ、笑うに笑えない悲劇が待っていることだろう。大田静男氏はこの状況を「瀕死の狂言」と表現した(『八重山の芸能』)。狂言は今や風前の灯火なのだという。狂言の名人といわれる人も減ってきた。狂言は活気ある島の暮らしを彷彿させるものがある。質量ともに豊かな八重山狂言の世界を絶やしたくないものである。
 近年、地域の青年会により、新作狂言が誕生しているのは八重山のホットな話題である。社会情勢や流行も取り入れながら、もっぱら笑いが中心の現代劇に傾いている印象を受けるが、そのときアンガマ問答やユングトゥ、ウフパナシャー(大法螺話)など、伝統的な笑いの要素も積極的に盛り込んでみるのも一興ではないだろうか。

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