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トップ  >  コラムちゃんぷる〜  >  与那国島  >  「黒い太陽」を見た日|与那国島コラムちゃんぷる〜

「黒い太陽」を見た日

文=米城惠

― 二分一七秒の天体ショー ―

 「二一日午後一二時一四分四八秒から皆既日食があります。この現象は三百年に一度のことですから、よく見て、子々孫々に伝えてください」
 戸板一枚大に書かれたこのニュースが、村の辻々に張り出されると、村中、大騒ぎとなった。
 古老の中には「何を馬鹿な!誰が真昼間から太陽をかくせるものか」と憤慨する人も出る始末だった、という。
 ニュースの発信源は、皆既日食の観測のため与那国を訪れていた東北大学の加藤愛雄教授・理学博士、佐藤隆夫講師、斉藤良一助手、それに学生の佐々木芳治ら四人であった。一行は全部で七五個、三トンにおよぶ観測機械を、仙台から神戸、神戸からは台湾航路の香取丸に積み込み、乗船。基隆を経て与那国に運び、その日に備えていた。観測場所は、そのころ〈東校舎〉と呼ばれていた集落の端にある校舎で、加藤教授は「ちょっとした高台にある理想的な観測場所」と喜んでいた。
 その日とは、七二年前の一九四一(昭和一六)年九月二一日である。
 観測メンバーの食事の世話をしていた波平ヒデさんは、心配のあまり「ユタ」(職業的呪術者)を家に招き、どうか予報どおり皆既日食が起こりますように、と祈祷させた。
 さて…。 
 東校舎では、加藤教授が、予報時刻を前に「五分前、三分前、わたしは電流計を懸命にのぞいています。暗いので豆ランプを付けました」
 久部良小学校では、全校児童が、墨を塗ったセルロイドの下敷きを手に、観測のため、校庭に出ていた。
 同時刻ごろ、池間苗さん(二二、当時)は、生家の新里和盛さん宅の前庭にいた。「鶏があちこちで鳴き始めたかと思うと、波多浜の『なんばた』(波端、渚)の魚の群が、ザーッといっせいに、南の岬の方に向かって泳いでいく音が聞こえました。」
 午後一二時一四分四八秒、ついに皆既日食の予報時刻となった。東校舎。
 「折柄、外の見物の人々から『わーっ美しいな』と叫ぶ声、『星が見える』と叫ぶ声」(加藤教授)
 同じ頃。
 「傍のガジュマルの葉の影が、日食の度合いに応じて、その分ずつ欠けていく。神秘的でしたね。感動しました。」(池間さん)
 午後一二時一六分
 「やがて『わぁ、わぁ』という声がします。窓からちょっと空をみると、あのコロナです。白い光を放っています(中略)やがて又『わあ』という声がします。窓からみると生光のダイヤモンドリングが美しく輝いています。」(加藤教授)
 与那国小学校では、この日、稲福訓導が「皆既食に近づくと魚は岸に近づき、蝶類は一ヶ所に集り、静止して、ネムの葉は閉じる」と
 動植物の観察結果を、簡潔に日誌にしるした。



>米城惠著『よみがえるドゥナン』
>与那国島の特産品・おみやげ・本

 


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