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千鳥節

文=飯田泰彦

―波越え潮越え飛ぶ千鳥―
 鳩間島に由来する《千鳥節》は、尚泰王の命でつくられたという、通称『欽定工工四』(1869年)にも収録されている。このことから《千鳥節》はこの頃既に首里では宮廷音楽として受容されていたことがわかる。また、この曲に振り付けられた舞踊は広く踊られているが、鳩間島では古くから「前ぬ浜」と呼ばれ、戦前もワイシャツとズボンに千鳥の被り物を着用して結願祭や大きなお祝いの定番曲として踊られていたという。
 しかし、千鳥の被り物に羽と胸部をあしらった上衣とカカンを組み合わせた衣裳を着用した現在のスタイルに落ちついたのは、1983(昭和58)年に沖縄在鳩間郷友会の結成15周年を記念して開催された、公演「第1回鳩間島民俗芸能の夕べ」(於・那覇市民会館)からとのことで、その後次第に定着していったようである。
 鳩間島では《千鳥節》の第1節を「前ぬ浜 ヨー 千鳥 ヨー 鳥/飛ぶ鳥 ハーリ 弥勒 ヨーヌヨー千鳥」とうたう。舞踊を「前ぬ浜」というのも冒頭句によるものである。
その前ぬ浜は、島の生活において表玄関にあたる。西表島へのかつての通耕もこの浜を舞台に展開し、カツオ漁船もこの浜から出漁する。また、豊年祭ではゾーラキ(奉納芸能)の舞台となるサンシキ(桟敷)もここに設けられ、パーレー(舟漕競争)もこの海浜で行われる。だから、前ぬ浜は海域まで含めた広い神庭といえないだろうか。島人にとって前ぬ浜は「生産的、宗教的生活の起点として重要な働きをもっている」(『鳩間島誌―郷友会結成十五周年記念―』)のである。
 さて、第2節からはフレーズの冒頭では、「浜崎浜」「ならり浜」「舟原浜」「外若浜」「島仲浜」「立原浜」「屋良ぬ浜」「いとぅま浜」といった鳩間島の浜の名前が、順々に詠みあげられる。それは、前の浜を起点に反時計まわりで、ちょうど島を一巡している。
 このように《千鳥節》は浜の名前を列挙した叙景歌の趣を持つが、この歌詞からこれらの浜の具体的な風景を知ることはできない。しかし、島の古老が昔の浜は護岸もなくもっときれいだったというように、島の人なら浜の名前を聞いただけで、神々しい浜の光景を鮮やかに思い描くことができることだろう。むしろ、《千鳥節》は浜の名前をひとつひとつ律儀に詠みあげることに重点が置かれているようにも思う。
 また、一般に八重山古典民謡としてうたわれるとき、各節で「世果報ヨーヌヨー 千鳥」という囃子詞が伴われる。しかし、鳩間島でのうたい方に注目したとき、偶数節を「飛ぶ鳥
ハーリ 潮ゆ越い ヨーヌヨー 千鳥」、奇数節を「飛ぶ鳥 ハーリ 波越いヨーヌヨー 千鳥」と、はっきりうたい分けている。そして最終節を「飛ぶ鳥ハーリ 世果報 ヨーヌヨー 千鳥」とうたいおさめるのである。
 ところで、鳥は神の使いとしてよく語られるが、本土には「天なる雲雀 寄り来や雲雀 富草 富草持ちて」という神楽歌がある。雲雀に稲穂という富草をくわえて天から降りてこいと呼びかけ、豊作への願いをこめているのだろう。同様に、鳩間島では浜に群れ飛ぶ千鳥の光景が、世果報(豊作)の前ぶれだと伝えられている。
 つまり、舞踊「前ぬ浜」は、その写実的なコスチュームとも相俟って、千鳥が波を越え、潮を越え、島に弥勒世果報をもたらしたことを具現化した踊りだといえよう。《千鳥節》の悠々たる歌や振りに、千鳥が群れ舞う姿を幻視し、世果報を乞い願う島人の思いが表れている。

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