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芸能神との契約

文=飯田泰彦

―神にトゥルッキられる―
 先日、竹富島の方と偶然石垣島で出会った。挨拶を交わすや、彼女は「明日は節願だから、やがて種子取だよー」と言いながら、小走りで離島ターミナルへ向かった。そのソワソワした雰囲気は竹富行最終便の出発間際だったからというだけでないと察した。
というのは、竹富島では節願いの日から四九日目の戊子の日が播種儀礼にあてられ、その前後十日間が祭祀として意識されるからである。竹富人は節願を迎えると早くも種子取祭へのカウントダウンを始めるのである。
 竹富島の種子取祭は、粟の種子下ろしが主題だが、多彩な豊穣祈願と芸能の結びつきが特色である。日程は毎年旧暦九、十月中にめぐりくる甲申から甲午の日までの期間で、諸儀礼を経ながら、芸能の稽古や準備を含めて進行する。そのエネルギーは第七、八日目の奉納芸能に集中していく。
 種子取祭第一日目をトゥルッキと呼んでいる。トゥルッキは「取り付き」が語源とされるが(『竹富方言辞典』)、芸能を統括するホンジャー神の前で祈願を行い、種子取行事にとりかかることを意味する。そして、祭祀への奉仕を神と約束するのである。その他、計画や役割分担、予算等についての確認もなされる。
 また、竹富方言「トゥルッキルン」は「縛りつける」という意味もあるが、くだけた方言で「神にトゥルッキられたからは、役から外れることはできない」というように受身形で用いられることが多い。これには神に拘束されるという意味合いもある。
 実際、トゥルッキに対し、ハジリと称する儀式でもって種子取祭を終えることになっている。方言「ハジルン」には、「解く、ほどく、もつれた糸を解く」との意も有するのである(前掲書)。
 昔はトゥルッキから昼夜を問わず稽古したというが、現在は一、二カ月前から稽古して当日に臨む。それでも、トゥルッキを迎えると、島には何ともいえない高揚感と緊張感が漂い始めるのだ。
 現在、玻座間村・仲筋村それぞれに、狂言を担当する狂言部と踊りを担当する舞踊部がある。玻座間村の舞踊部はさらに東集落と西集落に分かれる。そして、原則として狂言は男性が担い、舞踊は女性が担うことになっている。夜、玻座間村狂言部は国吉家(玻座間村ホンジャー宅)、仲筋村狂言部は生盛家(仲筋村ホンジャー宅)に集まり、舞踊部は各舞踊殿(集会所)に集まり、トゥルッキ儀礼が始まる。
 出演者はホンジャーの神前に「手足の誤り・口の誤りもなく、きちんと演じることができますように」と恭しく祈願する。そこには人間(村人、観客)にはわからない誤りも神はお見通しであるという厳しさが暗黙の了解としてある。また、公民館執行部は各所をまわり、「神供物(カンクムチ)として素晴らしい芸能が奉納できるよう稽古に励んでください」といった口上を述べる。
 このような緊張感漂うなか、出演者は当日の演目を演じなければならない。神前で長老、先輩方の見守るなかでの演舞は、当日よりも緊張するという方も多い。先輩方の視線も当然厳しくなるが、とりわけ国吉家の姉妹は、その環境からであろうか、狂言の目も肥えているだけに、一目置かれた存在だ。
 神への畏れがなくなると、芸能という性格上、華やかさや面白さばかりに傾きかねない。種子取の舞台を踏むというのは、村を代表し、神を喜ばせることが求められるのである。だからこそ、種子取祭の芸能は清浄、かつ敬虔であるのだろう。
 ところで、新しく狂言部・舞踊部に入る者のための儀式スンイリ(新入り)も、ホンジャーの神前で行われる。このとき新人は、重箱に盛り合わせたご馳走の、スズルフタムリ(硯蓋盛)を持参するのがならいである。

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