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トップ  >  コラムちゃんぷる〜  >  与那国島  >  珍しい「みんだらむてぃ」の儀式|与那国島コラムちゃんぷる〜

珍しい「みんだらむてぃ」の儀式

文=米城惠

― 最後のシャッター・チャンスを捉える ―

 写真家・比嘉康雄(一九三八―二〇〇〇年)は、二度にわたって、与那国島の「まちり」を取材している。
 まちりは方言で、祭のことをいう。旧十月以後の「かのえさる」(庚申)の日から二五日間、たなちと呼ばれる黄色い神衣をつけ、んばという蔓草の冠をかぶった神司たちが、全集落の始祖の元屋敷を巡行して行う。 期間中はかんヌてぃ(神事のある月)、かんぶなが、かんたながと呼ばれ、牛・馬・豚・山羊などの四ツ足の屠殺を禁じ、人々もタブーを当然とする意識の中にある。
 比嘉が最初に訪れたのは、一九七五年の冬である。
 島全体が鎮まっているような特異な雰囲気のなかで、「かのえさる」(庚申)の日に行われる「くぶらまちり」(異国人・大国人退散の祈願。久部良公民館主催)を皮切りに、翌「かのととり」(辛酉)の日に行われる「うらまちり」(牛馬繁殖の祈願。東公民館主催)に移った。
 この日、神女たちは、町役場東側の十字路の一角にある「てぃだんどぅぐる」から南にみえる宇良部岳に向かって礼拝する。ここは島建てのドラマのクライマックスシーンをなす、町文化財指定の聖地であり、また、神の道の入り口にあたるため、宇良部岳にまします神に、許しを乞うのだという。
 神司たちは次にまいヌとぅに、ついヌとぅにと巡り、ふちま(黒島家)に至った。そのとき、比嘉は珍しい祭祀の場面に出会ったのである。
 供えもの、祈願の方法はこれまでの祭場と同じだが、「みんだらむてぃ」という長四角の細ながい餅を、神司一人ひとりに差し上げるのである。「みんだらむてぃ」は、当て漢字にすれば、耳垂れ餅である。神司たちはそれを頭上にのせ、両側に垂らす。ちょうど耳に届く長さである。
 言い伝えによれば、神司たちが黒島家に立ち寄るようになったのは、巡行中に雨やどりしたのが、きっかけだったという。黒島家は男の子に恵まれなかったが、神司たちにみんだらむてぃを献上した翌年、待望の嫡子が誕生、それ以来、子孫繁栄を祈る儀式となったのである。
 もっとも、黒島家の祭は、この時点で島外在住の関係者がきて執り行っていたのだったが、比嘉が一五年後の一九九一年、再び訪れたときは祭自体、行われなくなっていた。
 そのみんだらむてぃの儀式は、最後のシャッターチャンスになってしまったが、この一枚は、文献学的にも五百年以上さかのぼる与那国の米の文化、酒の文化、餅の文化の集中的表現たり得て、貴重なものとなっている。
 その後、比嘉はまちりの光景を[神々の古層] 巡行する神司たち マチリ[与那国島](ニライ社)にまとめた。


>米城惠著『よみがえるドゥナン』
>与那国島の特産品・おみやげ・本

 


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