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新城浪さん関西ライブツアー!

文=飯田泰彦

 新城浪さんは一九二一年、新川ナカヌスクヤ(屋号)生れの御年九十二歳。幼少に母と生き別れ、九歳で那覇の料亭「竹の家」へ。そこで歌三線を仕込まれる。戦中戦後をサイパン、台湾、沖縄と渡り歩き、波瀾の生涯をうたって乗り越えてきた。
 二〇〇三年には「ナミィ!」でCDデビュー、〇六年にはその歌と共にある生活が記録映画(ドキュメンタリー)となった(「ナミィと唄えば」本橋成一監督)。その後、東京や富山、さらにはハワイ等で単独ライブを挙行。今なお現役シンガーである。
 浪さんが九十代にさしかかる頃から関西地方の音楽家たちからのラブコールが激しい。その輪もどんどん広がっている。若いミュージシャンたちがスタッフとして舞台を支えている姿も微笑ましい。二〇一二、一三年はスリー・デイズ(三日連日)の強行スケジュールもこなしている。もちろん深夜に及ぶ打ち上げも皆出席。
 とりわけ二〇一二年、岩手県大槌町の津軽三味線奏者・三浦正人さん(当時八十八歳)との南北共演は印象に残る(滋賀「どない屋」)。三浦さんは人生に三度の大津波を経験し、この度の震災でも被害にあうが、その後仮設住宅での慰問演奏を続けている。浪さんに勝るとも劣らぬ元気者だ。そしてとことん明るい。浪さんが《六調》をうたい、三浦さんが乱舞するフィナーレは、人生の達人の遊びとはかくあるものかと思われた。
 今回(二〇一三年)の浪さん関西ライブツアー発起人は、チンドン形式の音曲パラダイスショー「ケセラン・パサラン」(太田謙二・深田純子)のお二人。浪さんとの交流は先の映画を観て、石垣島で「オトモダチ」となってから。そして、民謡スナック「浜辺」や介護老人保健施設「太陽の里」等で共演を重ねる。
 二〇一三年の春、ケセラン・パサランの石垣来訪時に「浪さんを大阪に呼ぶからね」と約束。それを果たすべく、二人はチラシ作りから、航空券の手配、そして会場を探し、プレイベントも開催し準備万端整えてきた。本番は自ら前座も務める。その甲斐あって十一月十四日の京都、十五日の高槻(大阪)、十六日阿倍野(大阪)全て大盛況裡に終えたとの事。
 もうひと方、清水彩月さんの力も大きい。彼女は八重山古典民謡も学び、浪さんとのつきあいも長いだけに、歌詞をフォローし、浪さんの話を上手く引き出し、時に漫才コンビの如し。
 その清水さんの拠点とする京都「ネガ・ポジ」公演を観た。会場は老若男女で埋まっている。といっても、清水さんが《東京ブギブギ》をうたうや大合唱になったところをみると、平均年齢は高いにちがいない。続いて浪さんに捧げた歌《花道》や《優凪》《銭湯音頭》等のオリジナル、沖縄民謡《遊び庭》をうたい会場を温めた。
 幕間に深田さんのピアノ弾き語り。ジャズっぽくアレンジした《鷲ぬ鳥節》を伴奏に浪さんのスライド写真ショーが始まる。そして浪さん登場。清水さんが「沖縄最後のお座敷芸者!」と紹介するや、《お座敷小唄》を浪さんがうたう。またもや大合唱。やはり高齢の方々が多いのだろう。
 その後、《ストトン節》《酋長の娘》《与那国小唄》《十九の春》《雨夜花》《安里屋ユンタ》等が続く。浪さんにとって歌詞の間違いややり直しも芸のうち、その都度大盛りあがり。浪さんが、「それでは《デンサー節》を聞きますか」というと、若者が「イエー!」と答える。浪さんがその生涯を《デンサー節》にのせて凄むと会場は静まりかえった。歌は伝わるのである。そして《六調》で大団円。
 当意即妙、緩急自在なミュージシャンは浪さんに最適な遊び相手である。浪さんも笑顔、迎えるミュージシャンも笑顔、もちろん観客も笑顔の、笑顔あふれる遊びは上等だった。

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