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トップ  >  コラムちゃんぷる〜  >  与那国島  >  ウブスカ゜ティ|与那国島コラムちゃんぷる〜

ウブスカ゜ティ

文=米城惠

― はじめて牛を飼いならした場所の祈 ―

 むかしむかし、与那国の最高峰、宇良部岳の山中を黒い怪物が徘徊していた。こわがって誰も近寄ろうともしなかったが、東村の野原家の者がとらえ、ウブス ティ(地名)で飼いならしてみた。
 すると、怪物は力持ちで労役に重宝なことがわかった。牛の飼育のはじまりである。また、拝所を立て、繁殖を祈った。効験あらたかであった。同家は見る見るうちに繁栄する。
 島のひとびとも、野原家を見習って牛を飼いはじめ、野原家の拝所で共に祈願するようになった。ウブス ティと呼ばれる
牛馬繁殖の拝所の由来である。
 野生の動物を森林の一定区画に追い込み、習性を見極め、家畜にしていったことは、ヨーロッパでも広く行われていたことを、宗教学者エリアーデは、その著「宗教学概論」で紹介している。
 こうして、牛馬をはじめ、イノシシは豚に、オオカミは愛犬に変貌していった。
 与那国でも、はるか時空を越えて、同様のプロセスで家畜化を進めていたのである。
 一四七七年、与那国に漂着した朝鮮済州島民の見聞録には、当時、すでに、牛に田を踏ませて苗代をこしらえ、移植稲作を行うといった水田稲作文化が定着していた。また、牛、鶏、猫を飼っている。牛、鶏の肉は食べない。死ぬとすぐ埋めてしまう、と報告されている。
 野原家の先祖の話は、その時より遠い先の時代の出来事であった。
 時を経て、野原家の屋敷が与那原家の手に渡っても、拝所のウブス ティは公用地として残された。
 浦祭の日、神女をはじめ公民館長たちがウブス ティの前に集うとき、与那原家の人びとも花米、酒、くだものなど供物をささげ、共に掌をあわせる。与那原家は、旧家アニシカの祭を継承してきた。あるときの大津波の際、家屋をはじめ伝来の神器をいっさい失ってしまった。二度と津波にあわない適地を求め、高台に上がってみたところ、そこに神域があった。ウブス ティである。
 牛馬繁殖の感謝といのりの後、一行は祖納家に招かれる。祖納家では玉、鼓、刀、槍などの神器の舞いを披露し、そのあとハレの日の宴が催された。ついで長若家、大俣家、黒島家の順にめぐり、最後にウラマチリドゥニでの余興に臨む。


>米城惠著『よみがえるドゥナン』
>与那国島の特産品・おみやげ・本

 


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