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宮良村の小林幸子

文=飯田 泰彦


−第54回サニズ演劇祭から−

  戦後、八重山には引揚者があふれ、食糧難や蔓延するマラリア等、社会は混乱を極めた。そこで青年達は自警団を結成し治安回復に当たった。一九四五年十二月十五日、自治会結成のため八重山郡民大会が開催され、人民政府「八重山自治会」が誕生。しかし、同月二三日には米軍が軍政府施行のため石垣島に上陸し、八重山支庁を発足したため、自治会はわずか一週間で解散。一九四六年には八重山文芸協会や八重山演芸協会が設立された。やがて新聞や雑誌の創刊・復刊が相次ぎ、八重山ルネサンスと呼ばれる時代が到来。
 この潮流のなか、青年達は荒廃した島を明るく元気にしようと、自ら歌い演じて地域に娯楽を提供した。白保村の白百合クラブ、大浜村のオリオンクラブ、四カ村を中心としたフェニックス、竹富島のスバル座、小浜島の友愛クラブ、新城島出身のパナリワラバーズ等、地域の楽団が活躍した。
終戦直後から現在も続く宮良村のサニズ演劇祭も、青年が地域を対象に娯楽を提供するという文脈から、島々の楽団と同じ流れにある。『宮良村誌』には、「昭和二二年度、宇保政吉会長は敗戦後の世相を憂慮して、会員の親睦と融和をはかりながら字民の慰安も兼ねた思いもあって、旧三月三日(サニズ、筆者註)の節句に演芸大会を開催し恒例行事として定着させた」とある。
 宮良青年会といえば寸劇「戻り駕籠」に定評があるが、一九八二年の郷土芸能コンクール(八重山地区青年協議会主催)で、琉舞・日舞・演武の三部門で優秀賞を独占した実績がある。その幅広い芸風はサニズ演劇祭のプログラムにも反映されている。会員は次々に芸を披露していく。お馴染みの八重山芸能をはじめ、民俗芸能をアレンジしたもの、さらには日舞や自作自演の寸劇まで、真に盛りだくさんの内容だ。
 時々の世相を反映した演し物も楽しみの一つ。これまでにも氷川きよしの歌をいち早く取り入れたり、「顔グロ」が社会現象として話題になった年には、そんな女の子も登場した。半世紀を越える歴史には、その年だけで消えていった演目も多い。
 第五四回(二〇〇三年)は、友人が青年会に所属していたこともあり、私も一品携帯し会場の末席に加わった。まず団旗が会場の宮良公民館に勇ましく入場。会長挨拶の後、《宮良青年会歌》斉唱。ここでは白のシャツに黒のズボン、赤の蝶ネクタイをつけた会員が登場。何でも新メンバーお披露目の意味合いもあるようだ。会歌には振り付けもあるが、最後のキメのポーズは年々異なり、そこが発表会の見どころともいう。座開きの舞踊「赤馬節」も発表会の定番。また第五四回は四十年ぶりの演目「書生節」が注目を浴びていた。
 後半、小林幸子を真似た《おもいで酒》で会場は大盛り上がり。派手なドレスに身を包んでのカラオケといえば、身も蓋(ふた)もないが、何しろ「小林幸子」である。期待は高まるばかり。二番に入ると、すかさず舞台下手(左)側にスポットライト。タイミングもばっちりで、歌詞にあわせた寸劇の効果をあげていた。注目の三番では歌い手のドレスが舞台いっぱいに広がる。同時に公民館の天井を突き破るような勢いで背が伸びあがり紙吹雪が乱れ舞う。その大仕掛けにどよめく会場。そして喝采。観客の多くが勝手知ったる公民館の舞台である。皆が舞台裏の仕掛けにあれこれ思いを巡らし大爆笑。後で聞いた話では、構想三カ月、ドレスはレースのカーテンをリサイクルしたとのこと。
 一つ一つの演目に対する拍手もあたたかい。絶妙の声援は舞台を引き締め、時に役者を引き立てる。そんな一体感が心地よい。会場を埋め尽くした観客には、演劇祭の舞台を踏んだことのある先輩も大勢だ。テーブルに並べた酒肴に舌鼓を打ちながら、若き日を偲ぶ方々の顔が生き生きしていた。



 


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