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八重山カタログ「シィシィ」

八重山コラム「シィシィ」

 八重山の獅子舞は豊年祭、お盆、節祭、結願祭などの農作物の豊穣を祈る祭祀、悪霊を祓う祖先祭祀に関わって演じられる。期日や舞の特徴は部落ごとに異なるが、お盆の送り日翌日に獅子祭りを執り行う所が多い。さ迷う霊を獅子神の力で祓い浄めるためである。
 笛、太鼓、銅羅の響きによって獅子は舞い、字白保ではこれに三味線が加わる。布の銅をかぶってひとりで操る本土の獅子と異なり、八重山の獅子は胴に芭蕉や苧麻の毛があり、前後に2人が入る。沖縄本島では一頭獅子が多く、宮古・八重山地方では雌雄の二頭獅子である。

白保のお盆

 白保で獅子頭を制作する城間清さんが、庭先で補修をしているその傍らで、獅子の胴に入って取りつかれたように遊ぶ少年に出会った。ひとりで前の役、後ろの役を繰り返し、動きや足さばきを披露する。胴から出てきた彼の顔はまるで獅子のようであった。この熱が、脈々と伝わる獅子の歴史に生気を吹き込んでいる。

 恵みある御世に  出住みぬ獅子や
 人に打ち馴りてぃ  遊ぶ嬉しや

 旧暦7月13日。満ちてゆく月の下、三線にのせた歌とともに霊獣は山から招かれる。雄が匂いをかぎ様子をうかがいながら現れ、雌を呼び寄せる。2頭はじゃれ合い、でんぐり返しをし、新築した家や長い旅から帰ってきた人のいる家などを浄めてゆく。激しい動きに何度も舞手を代え、観客を引き連れて一晩に7、8軒回る獅子舞は深夜に及び、これが4日間続く。白保の獅子舞は、人が獅子をあやすのではなく一緒に遊ぶ喜びの舞であり、獅子は観る人をくわえ、引きずり込んで戯れる。また赤ん坊は獅子に差し出し、パクリと呑み込んでもらって邪鬼を祓う。送り日の翌日には子ども獅子も登場する。ひと回り小さな獅子の舞手は、大人の手をまねつつ自由に動く。回った家々でもらうお小遣いも楽しみのひとつ。そしてそのほとんどが、獅子に呑まれた子どもたちである。

 『動物の仕ぐさ』が舞の基本となる。型はあっても細かい手は、それぞれが猫の遊ぶ様を観察し、自分の体で表現する。琉球アオギリの木の皮の毛をざわめかせ、呼吸するように動くおなか  エサを取り合う首の表情  。舞手の興奮は獅子を生き物に変える。

 八重山の獅子の発祥は、400〜500年前に字川平の浜に流れ着いた大きな木箱から始まるといわれる。見つけた村人が家へ運んで蓋を開けると、そこには恐ろしい形相の怪物の木彫が入っていた。村の人々は試行錯誤の末、シュロ縄で形を整えて糸芭蕉の毛を付け、胴体を作り上げた。そして戯れる猫から振りのヒントを得ていったのだという。海を渡ってきたという獅子頭は現在も大切に祀られ、旧暦8月から9月の川平の結願祭でその舞を見せる。

唐の獅子頭

 獅子の発祥の地であるという石垣市字川平。獅子頭が海岸に漂着したという伝承の他、村に住みついた安南人が、村人へ豊年予祝芸として獅子舞の技を伝えたという説、川平村の者が安南地方から習ってきたという説がある。現在、舞を見せる川平の獅子頭は、当時のものであるといわれている。
 川平には、獅子の司がいる。男性の獅子舞の名手から本司(フンツカサ)2人、脇司(バキツカサ)2人が選ばれる。司は獅子頭とウツズ(胴体)を管理し、舞の前には修理点検を充分に行い出番に備える。獅子頭の化粧直しは、顔は墨汁、口は食紅、歯は白い練粉で新たに彩色され、最後に少量の食油で磨かれる

 今から約400年前、川平村の北海岸に流れ着いた大きな木箱。中には猛獣の木彫が入っていた。八重山の獅子の歴史は、この不思議な面から始まったと伝えられる。
 川平村の人々は面に合わせて胴を作り、舞を編み出した。結願祭、節祭の2大行事でその舞を演じるようになってから、天災による被害が少なくなり、豊作が続き、村人の健康が保たれたという。川平村の獅子のうわさは島中に広まった。
 大川村では川平村にならい、獅子頭を借り受けて細工家に彫らせた。そのとき、本物を大川村に置き、新しく彫った頭を川平村へ返したという伝承がある。真偽のほどは定かではないが、こうして大川村を経由し、獅子舞は八重山各地へ伝わり浸透していった。

 川平の獅子舞には原点といえる形が残る。獅子頭の持ち方である。八重山各地域では片手で上あご内側の横木をつかみ、もう片方で下あごの下側を支え操る。川平では獅子頭の外側から左右に両手を回し、人差指を歯に挟むようにして支え、あごを操作する。以前はみな手は外側にあったが、次第に内側で操る方法に変わっていったという説もある。
 獅子舞は重労働であるという。川平の獅子舞は、座見舞が約5分、本舞が約7〜8分であるが、お酒を飲んで入ればひっくり返ってしまうそうだ。幼いころ、獅子舞にあこがれ、赤瓦を2枚重ねて動かし遊んだという、現在本司の大浜永治さん。サウナのようなウツズの中で「部落を守り、責任を果たす」という気持が、獅子を動かす力になるのだと語った。
 川平の獅子舞は、結願祭(今年は10月27日)と節祭の獅子祭り(12月12日)に執り行われる。

字川平の獅子祭で唱えられる願い詞(ニガイフチィ)口開けの祝詞

うーとーどぅ
とぉーぬ くしゃーぬ
てぃらぬ ばそーやまはら
んでおった うーしぃしぃ くぅーしぃしぃ
ふかなつまいや かびらむら
にしぃむらーな おーり
まきぶどぅる まいぶどぅるし
とおーりでぃり じんみんぬ
ふーきぃむ くーきぃむ
ひきとぉーり にふぁいゆー
(あな尊)
(唐の彼方の)
(寺の 芭蕉山から)
(出現された 大獅子 子獅子)
(加那志の前は川平村)
(北村においで下さって)
(巻き踊り 舞い踊りをなし)
(給わりひとびとの)
(大きな心 小さな心を)
(はげまして下さい 有難うございます)


(情報やいま1999年8月号より)

参考文献
「川平村の歴史」 川平公民館編
「八重山芸能文化論」 森田孫榮著
「獅子の民俗」 古野清人著

 


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