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【座談会】長編ドキュメンタリー映画『ひめゆり』

八重山コラム「座談会長編ドキュメンタリー映画ひめゆり」
 1994年の制作開始から13年、長い年月を経て完成した“ひめゆりの記憶”を後世に伝えたい――。
 7月15日石垣市民会館中ホールで、ひめゆり学徒生存者の証言を収録した長編ドキュメンタリー映画「ひめゆり」が上映された。石垣市民会館中ホール昼夜2回上映、与那国町中央公民館1回上映に、延べ700名が来場。上映後2ヶ月経った今も、アンコールを期待する声が多く聞かれる。

座談会出席者
■石堂徳一
昭和24年、石垣市大川生まれ。登小→石中、真和志中→八重高、首里高卒業後、多摩川大学卒、琉大日本教育史研究室修了。八重高臨時教員を経て、現在、石垣市教育委員会文化財担当。
■江川義久
昭和19年、台湾・高雄生まれ。糸満小→糸満中、石中→八重高卒業後、富山大学へ進学。38年間英語教諭を勤め、退職を迎えた。
■佐久川広海
昭和19年、台湾・基隆に生誕。終戦を迎え与那国島渡る。登小→石中を卒業。20歳の頃から喫茶店「朱欒(ざぼん)」を経営。平成18年には「プロデュース海」を発足。音楽活動に邁進する。

八重山コラム「座談会長編ドキュメンタリー映画ひめゆり」

聞き手・柿元麻衣
―「ひめゆり」を上映するきっかけは?

佐久川
 昨年、ひめゆり学徒のドキュメンタリー映画ができたということを耳にしまして、八重山出身の証言者の中に、石中時代の恩師である宮良ルリ先生がいらっしゃったんです。先生がひめゆり学徒とは知っていましたが、当時はあまりお話して下さらなかった。ですから、もう一度この映画を通して、生徒の気持ちになって、先生のお話をお聞きしたいと思ったことがきっかけでした。そこで、上映に向けて各フィールドのリーダー的な方々にお声かけしたところ、皆さん喜んでご協力下さって。すぐに実行委員会を発足することができました。

江川
 実は、実行委員会の我々は、当日まで映画を見ることができなかったんです。しかし、ひめゆり学徒の証言をストレートに、監督の主義主張のないドキュメンタリー映画ですから、また、那覇や東京では上映が始まっていたので、新聞の映画表を見て、いい映画に決まっている! という確信がありました。

石堂
 以前「月桃の花」という映画を市民会館や各離島で上映したことがありました。あの時は自分自身も大変感動して・・・。「ひめゆり」もみんなに見てもらいたい、そして自分自身も見たい、そういう思いがあったので実行委員会に参加しました。

佐久川
 以前から「対馬丸」「月桃の花」「裸足のゲン」など、親子で見ていただける映写会を何度かやっているんですが、これらは、一度試写会を行ってから上映を決めていました。しかし「ひめゆり」だけは問答無用。脚色映画ではないから嘘はないと思いました。


―上映を終えて、また実際に映画をご覧になっての感想は?

佐久川
 来場者は石垣市で昼夜合わせて600名、与那国島を含めると約700名。アンケートの回収率も高く、ロビーで大勢の人がアンケートを書く光景は今までにないことだと思いますよ。

江川
 例えば、我々がいつも見ているテレビ番組は、別の言い方で言うと、一週間で一本作っているわけで、制作時間は短ければ短いほどいい。それに比べると、この映画は制作に13年かかっている。一人の人間の意志の強さですよね。容易くものをつくる時代にあって、これだけ膨大な時間を費やし、さらに圧縮して完成しているわけね。だから、素晴らしい映画に仕上がったと思う。

石堂
 ひめゆりに関する映画は何度も見てきましたが、どれも脚色されていますよね。しかしこの映画は何もないから、言葉の後ろにある風景が人それぞれ違ってくると思うんだよね。

江川
 これは本当に大事なことで、文学の世界と同じ。バックに広がりがある。それが大変素晴らしかった。しかし残念なのは、劇場映画として成り立たないということですね。現実から忠実に生まれたものが劇場で上映されないというのは大きな問題だと思います。


―体験者と同じ世代の方の来場が目立ったように感じましたが。

江川
 まさに、そこが課題です。もちろんどの世代の方にも見てほしいんだけど、語り継ぐということを考えると、やはり子どもたちに、是非見てほしいね。

佐久川
 学校でも、地域でも、各々の単位で核になって動いていただける方が一人でもいらっしゃれば、もっと多くの場所で上映できると思います。

石堂
 特に各地域では、呼びかけ人はやはり地元の方でないと。与那国はそれが実現したわけですよね。

江川
 もうひとつ残念だったことは、子どもたちの指導者である教員の来場が少なかったことですね。


―私自身、この映画を見て、自分がひめゆりをわかったつもりでいたことを痛感しました。来場されなかった方の中には“わかっている”という感覚を持った方も多かったのでは?

佐久川
 アンケートを見ると、同じように“わかったつもりだった”という感想を持った方がたくさんいました。そういうこともあるでしょうし、沖縄本島と八重山、世代間の温度差も出てきているのかもしれません。時代とともに沖縄の中で温度差が出てきていると思う。だからこそ、今「ひめゆり」を上映する必要がある。


―この映画で22名の方が証言していらっしゃいますが、生存者の中にはいまも証言できない方がいらっしゃるそうですね。

石堂
 大きな理由は、やはり思い出したくないということだと思います。

佐久川
 与那国島での上映会の時も、久部良ゆうこ先生が途中で席を立たれて、つらくて見ていられないからとお帰りになりました。

石堂
 波照間島のマラリアも同じですね。体験者の方々は70歳くらいになってから証言を始めました。在石垣のマラリア体験者の方は、道でばったり波照間人に会うと隠れてしまう、会うことさえ恐いと・・・。それほど思い出したくない記憶なんでしょうね。きっとひめゆりの方々も同じ気持ちだったと思います。

江川
 話さない理由は大きく二つあると思うけど、一つは石堂さんのおっしゃったつらいという感情。もう一つは、周りの人の目だと思います。これは日本人の感情と言ってもいいのかもしれない。沖縄戦の話が出ると、「沖縄だけ戦争したのか。ひめゆりだけが難儀したのか。自分たちだけ被害者面するな」ということを言う人がいるんです。僕たちは何も沖縄だけと言っているわけじゃない。沖縄で起こった事実を言っているだけでね。こういう声があって口をつぐんだ人も多くいました。


―教科書改ざん問題など、今もまだ沖縄戦は終わっていないようですが・・・。

石堂
 映画の中で、宮良ルリ先生が解散命令が出た時のお話をしましたよね。「今まで頑張ってきたのになぜ今さら?!」と・・・。だったら初めから動員しなければよかったわけですよ。動員した責任はどこにあったのか。これはマラリア問題にも通じますが、軍名があったわけです。それを国は今も軍名はなかったと。教科書改ざん問題も含めて、文部科学省が沖縄戦の実態を知らない証拠。ですから、“現在”を考えるためにも、この「ひめゆり」はみんなに見てもらいたいと思います。

江川
 ひめゆり学徒として戦場へ投げ出された生徒たちは3ヶ月で19名亡くなり、解散命令が出た後はわずか数日で100名余りが亡くなった。この数字が何を意味するか。今の文部科学省の姿勢を批判するひとつの材料にもなる。事実を語れば国の政策の過ちを指摘することができるわけです。

佐久川
 まだ多くの方々がこの映画を見ていないと思うので、今後より一層、普及活動に力を入れて行きたいと思います。また、地域や学校で上映できるように、大人社会がもっと動いてほしい。芸術を鑑賞できるのも、世の中が平和だからこそ。平和な時代をつないでいくため、私たち大人が使命を持って生きていきたいですね。

(情報やいま2007年9月号より)

 


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