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芸能、スポーツの名作の舞台 風情漂う白保物語

石垣島PICKUP☆コラム「芸能、スポーツの名作の舞台 風情漂う白保物語」

白保の芸能とスポーツ

 白保の人は、名歌「白保節」を歌うと、どこからともなく飛び出してきて踊るという土地柄だけに人々をひきつける。戦前、戦後を通じ白保は郷土芸能をはじめ、スポーツ文化の名作の舞台として知られるようになった。白保は、各界、各分野で秀でる人材を輩出し、一躍、脚光を浴びたことは、その証であろう。
 代表的な人物は、琉球政界の惑星といわれた星克立法員議長をはじめ、石垣市、大浜町合併を実現させた天久朝正大浜町長、実業界の重鎮・米盛松さん、有識者で人望のある長老の宮良松さん、八重山芸能界の大御所・星潤先生、それに三線の大家・山里勇吉、仲宗根長一さん、名優の松村宏さん、一人芝居で人気者の北島角子さんの母も白保の人、更には歌手の嶺よう子さんも白保出身だ。加えて琉球舞踊の後継者として保存継承に活躍している前盛文さん、金嶺ヒデさんも、サーブの人として多くの人々に知られているところである。
 またスポーツ面では優秀選手が多く、県大会で三位入賞を果たした名選手は、平得永智さんをはじめ、嘉弥真加那さん、戦後は内原真範をはじめ、平得永一郎、多宇勝也、米盛八重乃、米盛重友、金嶺孝、嘉弥真もり子、迎里るみ子、迎里弘、米盛和美、内原勇、川平長誠、東川平真吉、米盛博文、豊里功等が受賞の栄に輝いた。中でも、嘉弥真もり子と、迎里るり子選手は、若夏国体前後の八重山陸上界のトップスターとして活躍していたことは、当時の会長として忘れ難いよい思い出となった。更には、日本、世界マスターズ大会で記録保持者として誉れ高い仲島タマ、多宇正選手も白保出身だ。白保は、本郡陸上競技史上、三連勝の偉業を成しとげた。更には、駅伝大会二十九回の中、十二回優勝の驚異的な栄光の歴史がある。スポーツイベントで過熱する祝賀パレードでは、黄色い白保旗を東風に翻して威風堂々と「北東白保の健児等が、八重山制覇の気に燃えて」の応援歌の合唱光景は、躍進白保の底力を見せつけられたような思いが印象に残っている。芸能と、スポーツ面で、ふるさと白保への情熱と献身に大きな足跡を残された方々に心から敬意を表したい。
「白保てぃる島や果報ぬ島やりば」を歌って村中を歩けばコーヒーサービスで愉快な話、面白い話、不思議な話をしてくれる。最初は冗談半分と受け流したが、中には真実味の話や多彩な白保物語があったので二、三紹介しよう。
 白保の駅伝男として知られた前盛善治君は、白保の「イチシビ」について次のように話してくれた。
「イチシビとは二番以下のことで、優勝しないと白保の人々は、アダリーイチシビラー(あぁ、一番じゃない)と言って余り喜ばない。だから闘魂と執念を燃やして健闘するのである」と。それに似たような言葉がある。東京オリンピック大会で女子バレーで優勝した大松監督は選手に対し、「オリンピックでは、金を取らないと何の感動も沸かない。二番以下はビリと同じだ」という名言を残したが、その言葉が白保では教訓として活かされていることに感慨ひとしおなるものを感じさせられた。

アダナの話

 白保で十太郎といえば、一つ平得太郎、二つ桴海太郎、三つ宮里太郎、四つ米盛太郎、五つ石垣太郎、六つ迎里太郎、七つ長浜太郎、八つ屋良部太郎、九つ小浜太郎、十つ多宇太郎という名前がある。他に、豊、臣、秀、吉、と名付けられた姉妹の名も面白い。白保ならではのアダナで次は、徳、川、家、康の名が出るであろう。集落で、アダナの通用するところは、黒島と白保である。黒島では、蒋介石、軍艦、森の石松、東のピー(珊瑚礁)、サッチャー、グロンサン、鞍馬天狗などが有名である。白保では、西郷、参謀長、貿易庁、猪鹿蝶、オランダ、明るい農村、家の光、空飛ぶカモー、望遠鏡などが有名だ。
 白保の有識者は、「普通の人のアダナは、その人一代で終わるが、白保のアダナは子孫に相続していくところに白保アダナの特異性がある」と、解説してくれた。白保は、昔から荒々しい男の村といわれ、隣の宮良はのどかな女の村といわれている。互いに隣り合わせているが人物、風土は、好対照の集落として評されている。ここで、不思議な話を一つだけ加えておこう。白保の森田のおばぁ(森田次郎先生の妻)は、臨終を迎え、今夜が、ヤマ場だと親戚の者は急きょ病室に呼び集められた。ベッドの上で身動き一つしないおばぁを見て、周辺では嗚咽がはじまった。幼少の頃からおばぁに可愛がられていた琉大に勤める米盛重保君は、三線を持参し、名曲「白保節」を歌った。ここで奇跡が起こった。おばぁが目を閉じたまま口を動かし始めたのである。重保君は、その時とばかりおばぁの好きな島歌「真謝井戸」を歌った。おばぁは息を吹き返し一緒に歌いだした。起死回生である。おばぁは訪れに来た人にも話しかけるようになった。親戚のおばさんの一人はびっくりして、「アイヤーこんなこともあるんだネー」といえば、側にいたおじさんは「病室で三線を流すことは不謹慎と思ったが案外いいかもしれない」と、つぶやいた。重保君は、三線の歌い手ではないが、いつも農場で三線を弾きまくる三線好きである。森田のおばぁは、その日から四日後に他界された。重保君は、スポーツマンとして知られ、その素質と努力によって、素晴らしい実績を残した。白保では、空飛ぶカモーの一族であり、スポーツ一家としても誉れ高く特に人気者の重保君の社会的体験は貴重なものとして白保の人に語られ、若い人たちから清新の気風をもって期待されている。

(情報やいま2000年7月号より)

 


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