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トップ  >  コラムちゃんぷる〜  >  西表島  >  骨の叫び…アントン丸物語|西表島コラムちゃんぷる〜

骨の叫び…アントン丸物語

大田静男

アマンよ。聞こえるか。
西表島コラムちゃんぷる〜「骨の叫び…アントン丸物語」
安東丸の人たちが生活した鹿川の洞窟
(大田静男著『八重山の戦争』より)

西表島コラムちゃんぷる〜「骨の叫び…アントン丸物語」
西表、内離島成屋のなぎさに朽ち果てる安東丸の残がいと散乱する遺品
(大田静男著『八重山の戦争』より)

わたしは、恨を抱いて南の島の暗い海底で眠れぬ日々を過ごしている。

骨のわたしはやがて砂に埋もれようとしている。

悔しくて 悔しくてならない。

太陽が沈み 月が上がり。
月が沈み 太陽が上がる。

歳月は潮の満ち引きのように流れ、わたしたちの恨も闇のなかに葬られようとしている。

日本の植民地となり国を奪われ、名前を奪われ辱められたわたしたち。

土地を返せ国を返せと叫ぶと弾圧の嵐が吹き荒れた。

ある者は監獄に繋がれ、ある者は殺された。

大東亜共栄圏。八紘一宇…。アジアはひとつ。白色人種からアジアを解放するといいながら、アジアの国を白色人種同様に侵略し血と涙を降らせたニッポン。

ニッポンの戦争のために。

男女とも徴用や強制連行で根こそぎ動員し、朝鮮民族を世界から抹殺しようとしていた。

そんなある日、わたしたちの徴用された小さな船は朝鮮と中国の国境ちかく、アントン港から大豆や豆粕積んで南の島に向かった。

二日後にエンジンが故障し、船は漂流した。

潮の向きで北へ流れるはずだが、船はなぜか南の方向へ流れていった。空襲や潜水艦の攻撃を恐れながら油まみれになってエンジンをなおしたが、とおとおなおらない。

四日後にクジラの背中のような島影が見え、ホッとした。

やがて舳先に機関銃をつけた漁船がやってきた。軍刀やピストルを持ったニホンの兵隊が船に乗り込んできた。全員が甲板にひざまつきをさせられた。

血走った目の髭面の兵隊が。貴様らどこの者だ。殺気たった兵隊にわたしたちはおののいた。

助けて、たすけてと手を合わし叫ぶと、

朝鮮人か!

こいつらスパイかも知れない。兵隊が鉄砲の先でわたしたちを小突いた。

やがて船は曳航され島の港の沖に着いた。そこがニホンの沖縄県八重山郡西表島の船浮湾とは後になって知った。

チョビ髭を生やした隊長がやってきた。お前らはここを要塞と知って来たのだろう。

チカウ、チカウ

船長が理由を説明したが、チョウセン人はみんな怪しい、敵のスパイだ。

スパイとチカウ

朝鮮のくせ生意気だ。いきなりこぶしで顔をぶん殴られた。

わたしの体はふっとび唇がさけ血がしたたりおちた。

顔面蒼白となったなかまたち…。

軍刀をカチャカチャさせながら積みされていた大豆や豆粕をすべて没収する。命をたすけてもらった代わりに全員が陣地構築と弾薬運びの重労働を命じる、

吐き捨てるように隊長がいった。

その日から生地獄がはじまった。

わたしたちは弾薬を担がされ急斜面をよじり登り下りした。真夏の太陽は島のすべてを焼き尽くすように火のようにふりそそいだ。

弾薬を背負った紐が肩にキリキリと食い込み骨が砕けて体がバラバラになりそうだ。

体中の毛穴からから吹き出す汗。吐息は荒く汗の服からは湯気がたつ。

よろけふらつき目はくらみ火花が散る。立ち止まると樫の棒でこづかれ、腰をおろすと足蹴にされた。

砂漠のような喉をうるおす一杯の水を乞いねがうと髭面の兵隊はニタニタしながらチョンコウも水を飲むのかといいながら水筒の蓋に注いだ水を突き出した。

震える手でこぼさぬように一気に飲み干した。

意地悪そうな目つきの兵隊が牛や馬でも水はやらんといかんもんのうという。

恥も外聞もわすれてもう一杯チョ、チヨと願うと甘えるなと、樫の棒でしたたか腕を殴られた。

痛さのあまり地面に転げるとチャンコロやチョウセンなんて殺してもいいんだお前のかわりなんてたくさんいるんだ。兵隊は気が狂ったように蹲るわたしの背中をところかまわず蹴りあげた。

血と汗と泥にまみれ息も絶え絶えで、ぼろ切れのようになったわたしの体にペッと唾を吐いた。

ニタニタして見物していた副官が立上がりながらいった。こいつらはいつ殺してしてもかまわぬが、死ぬまでこの島で働かせて、ゆっくり殺してやろう。

死にたくなるようなつらい日々が続く。

なべから柄杓で実の入らないドロリとしたお粥が椀に半分ほどそそがれる。おかずや汁など無いたった一杯の食事。お椀の内側をなんども未練がましくなめた。

兵隊や徴用でやってきたひとたちが食べ散らかしたイモの皮を拾い集めてこっそりかくれて飲み込んだ。

あまりの空腹に、草の葉を揉んで口にした。青臭さが口一杯に広がりペッと吐き出す。なんども繰り返すうちに食べられた。海草も口に放り込んだ。食べられそうな物はなりふりかまわず口にした。

腹が消化不良で重い…。

ある日、徴用でやって来た老婆たちがわたしを岩陰に手招きしこっそりと握り飯を渡した。わたしたちは むしゃぶりつくように食べた。胸につかえ咳込んだ。老婆が水をくれ背中をさすった。

わたしの息子や孫たちもこんな姿になっているかと思うと可哀そうでならない。

腹が減ったろう、また持ってきてあげるね。老婆たちはわたしたちを見ながらいった。

わたしは手についためし粒をなめまわした。

そのとき老婆たちが隠れろと手で合図した。

こら!貴様らなにをしている。鉄砲を持った兵隊が走ってきた。隠れそこなったわたしたちを見つけると鉄砲で殴りつけた。

こいつら怠けやがって

兵隊はギョロリと回りの老婆たちを見回し、お前らよけいなことをするな!二度とよけいなことをすると殺すぞ。

すごい剣幕で怒鳴った。

あれ以来老婆たちはわたしたちを避け近づかなくなった。

雨まじりの北風が犬小屋のようなわたしたちの小屋の戸口のムシロ揺らしながら吹き込む。

寒さにこごえながら麻袋をかぶる。

妻の白い肌の温もりがまぶたにちらつく。そんな寒い夜は声を噛み殺して嗚咽する。

海鳴りと風の音はますます激しい。

晴れた日には 山の頂上から藁葺きの慰安所が見えた。長い列を作って舌なめずりしながら順番を待つ兵隊たち。

朝鮮ピーと呼ばれ、天皇の軍隊の売春婦にさせられたふるさとの娘らよ。来る日も来る日も兵隊たちの精液で体が泥まみれになっているのではと思うと胸がはり裂け気が狂いそうだ。

女子挺身隊とか、お国のためとかで行き先もしらされず連れていかれた。可愛い娘よ妹よ。

娘よ妹よいまどこにいるのか。

朝鮮ピーが首をくくって死んだ。次のピーは台湾からくるそうだ。今度はつかいふるしよりはむっちりした若い娘がいいな。ニヤけた顔の兵隊が髭面をなでながらいいあっている。

飛沫に濡れる風荒き断崖にたつと、澄んだ冬空を北に星がながれる。

汚辱にまみれた娘よ。みずから命を絶つことでしか人間の尊厳をまもれなかった娘よ。

暗い夜空を娘の魂はひとりでふるさとに向かうのか。あまりにそれは寂しいそしてむごい。星よ娘の行く道を照らしておくれ。

ふるさとの母たちよ娘の魂を力のかぎり抱き締めてくれ。なんにもやれなかったわたし。アリランを口ずさめば涙がとめどもなく頬に落ちる。

草セミが耳をつんざき、青い空に白くもが浮かぶうだるような夏の日。どうしたことか、今日は兵隊の怒鳴る声が聞こえない。

不思議に思っているとわたしたちは浜辺に集められサバニに乗せられた。

凪いだ鏡の海に映った貌。

痩せ細った腕、頬はこけ窪んだ目もうつろだ。

髪や髭は伸び服は破れまるで乞食のような姿。妻がみるときっと泣くだろう。

手が染まりそうな青い海。色鮮やかな魚が踊る。

ふるさとの祭りにチョゴリをつけて優雅に舞う妻や娘たち…。

ああ!魚であれば泳いで帰えるものを。鳥ならば飛びいくものを。

風よ風、南の風よ わが思い伝えよ。

こづかれながら降りた砂浜。ここはどこ…。

白波が断崖に牙をむきだしアダンの葉が風にざわめく。

熱い砂浜にわたしたちをひざまつかせ軍刀をギラつかせながら兵隊が命令が下るまでお前たちはここにいろ。

だみ声でいった。

食糧はすぐに船で運んでくる。
痩せこけてマラリアの熱にうなされる私たちを置いて逃げるように夕日のなかにサバニは消えた。

よろけながら海辺の断崖ちかくの洞窟に身を寄せた。その日のうちにマラリアの高熱のためうなされながらキムが死んだ。

浮き上がった胸の骨、皺だらけのこけた顔に目糞をいっぱいためて…死んだ。ポッカリ開いた口…血まじりのよだれが流れていた。

食糧船はとうとうこなかった。

おそいくる飢餓。ひもじい、ひもじい…。何度もよろけながらアダンの実をひろってたべた。やどかりをつぶしてたべた。満ち潮のカニのように口へ名も知らぬ草の根、葉…つぎつぎと運ぶ。

朝…、露にうたれてだれにもみとられないまま死んだパク。口いっぱいにをふくんでいた砂。

飢餓とひどい下痢とマラリアの高熱にうなされながらつぎつぎと死んでいく。

彼等の苦しいうめき声を聞きながら火のように熱い体は動くことができない。

もうろうとし薄れてくる意識…。海鳴りと風の音がだんだん小さくなる…。

とうとうむくろとなったわたしたち。

干涸らびた死骸に群れるカラスやヤドカリ。

あざみの花が咲き、サシバが澄んだ大空に輪を描き故郷へ帰る季節。

猟師がわたしたちの骨を拾って弔ってくれた。だがなんの因果か。砂に埋められたわたしの骨は台風や大波のたびに流され渚に転がされる。わたしのしゃれこうべにはかにややどかりが隠れ家とする。

サンゴと見紛うようになった手足の骨。もうどこへいったか…。

生きても死んでも辱められる…。チョウセンのわたしたち。
聞けばわたしたちは戦争が終わった直後、わたしたちを酷使した部隊長が戦犯に問われることを恐れ証拠湮滅のためひとのこない廃村の鹿川に餓死させるため置き去りにしたのだという。

わたしたちを酷使し餓死させた天皇の兵隊たちはふるさとへ帰り、妻をめとり子供を育て、いまは孫に囲まれ楽しい団欒をすごしている。

島人たちも骨となったわたしたちを振り返ることもない。

わたしたちの〃事件〃は闇に葬られようとしている。ああ悔しい。

アマン。
酷寒の故郷の屋根を照らす弓月のなかに。
ポプラの梢の風のなかに。
施餓鬼にさせ悪霊に貶められたわたしたちの恨がきこえないか。

名前がありながら無名とされたわたしたち。
陵辱されて無縁仏になった娘たち。

アマン聞こえるか。
遠い南の海の真暗闇の底で揺られて転がる骨のわたしの無念さを…。

悔しくて さびしくて 悲しくて。

やがて砂に埋もれる骨のわたし。

ああ…たすけてくれー!

安東丸事件(あんとんまる事件)−大田静男著『八重山の戦争』より−
1944年の暮れ頃、当時西表島内離島に本部を置いていた重砲兵第一中隊が、西表島船浮湾沖に漂流していた小さな木造船安東丸を発見、曳船した。中国の大連から九州へ大豆類を運ぶ途中、済州島付近で機関故障し、漂流したといわれ、乗組員の人数や国籍は証言者によって違うが、朝鮮人、中国人で、10人余がいたものと思われる。積み荷はすべて没収され、乗組員は強制労働にかり出され、過酷な労働と粗末な食事のために6、7人(2人ともいう)が死亡した。部隊は8月の敗戦の報を聞くと、生き残った乗組員を西表島西岸の鹿川(廃村)へ連れてゆき食料も与えず放置。やがて衰弱し動けなくなり、飢えとマラリアで次々と死亡した。後に散乱していた遺骨は洞窟近くに埋葬されたが、台風時の大潮に流され、現在は不明になったといわれている。

(情報やいま1997年8月号より)

 


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